・・・ ややしばらくしてから父は取ってつけたようにぽっつりとこれだけ言って、はじめてまともに彼を見た。父がくどくどと早田にいろいろな報告をさせたわけが彼にはわかったように思えた。「たいていわかりました」 その答えを聞くと父は疑わしそう・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 岸に上って見渡すと氷の上にある人間の姿はどれも黒く小さく、遠くにちらほらスケートしているものの顔だけぽっつり薔薇色である。発電所の煙突からは黒い太い煙が真直上った。 日本女は凍ったモスクワ河の景色を眺めてから、元へ戻り、或る一つの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・春の日光が屋外に出ると暖く眩ゆいが、障子をしめた斜南向の室内はまだ薄すり冷たく暗いというような日、はる子はぽっつり机の前に坐っていた。からりと格子が開いた。「いらっしゃいますか」 千鶴子の声であった。出るといきなり、「あなた丁字・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫