・・・ 面は火のように、眼は耀くように見えながら涙はぽろりと膝に落ちたり。男は臂を伸してその頸にかけ、我を忘れたるごとく抱き締めつ、「ムム、ありがてえ、アッハハハハ、ナニ、冗談だあナ。べらぼうめえ、貧乏したって誰が馬鹿なことをしてなるもの・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 子供は時計を耳に押しあて、首をかしげてじっとしていたが、やがて、ぽろりと落した。カチャンと澄んだ音がして、ガラスがこまかくこわれた。もはや修繕の仕様も無い。時計のガラスなんか、どこにも売ってやしない。「なんだ、もう駄目か。」 ・・・ 太宰治 「薄明」
・・・男は涙をぽろりと一つひざにこぼしてうるんだ目に女を見あげて二三歩ヨロヨロと女に近づいたまんま一言も云わず何のそぶりもなくって再びこの店には姿を見せない様に出て行った。死に行く様な男の様子を見て女は美くしい歯の間から「フフフフ」と云う笑をもら・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・私は翌日鵜匠から鵜をあやつった綱を貰ったが、火にもやけぬこの綱は、逆に捻じればぽろりと切れた。この微妙な考案力はどこから来たのかいまだに私は不思議である。 横光利一 「鵜飼」
出典:青空文庫