・・・によれば、「四十余ニハ未だ真実ヲ顕ハサズ」とある。この仏陀の金言を無視するは許されぬ。「法華経方便品」によれば、「十方仏上ノ中ニハ、唯一乗ノ法ノミアリテ、二モ無ク亦三モ無シ」とある。 仏陀の正法は法華経あるのみ。その他の既成の諸宗は不了・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。沈では無いが、外国の稀品と聞かるる甘いものであった。 女はここへ坐れと云うように暗示した。そして一寸会釈したように感じられたが、もの静か・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・泊い行く心細さを恐るるのもある、現世の歓楽・功名・権勢、扨は財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、其計画し若くば着手せし事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある、子孫の計未だ成らず、美田未だ買い得ないで、其行末・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・金田「予て噂には聞いていたが未だしみ/″\会わん、下谷辺へ来るような事があったら、身が屋敷へも寄っておくれ」七「へえ……彼方へは往きません、面倒だから何処も往きません」殿「何かぐず/″\口の内で言っているな、浪々酌をしてやれ、も・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・有体に言えば、原は金沢の方を辞めて了ったけれども、都会へ出て来て未だこれという目的が無い。この度の出京はそれとなく職業を捜す為でもある。不安の念は絶えず原の胸にあった。「では失礼します。君も御多忙でしょうから」原は帽子を執って起立った。・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ 私は、未だ中学生であったけれども、長兄のそんな述懐を、せっせと筆記しながら、兄を、たまらなく可哀想に思いました。A県の近衛公だなぞと無智なおだてかたはしても、兄のほんとうの淋しさは、誰も知らないのだと思いました。 次兄は、この創刊・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ あるいはもう疾にこういう研究に着手しておられる方があるかも知れないが、自分は未だそういう方面に関する面白い発見等の話を聞いたことがない。それでこの甚だ杜撰な比較が万一この方面の専門家の真面目な研究のヒントにでもならばと思って、思い付い・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・「どうして未だなかなか。」「七十幾歳ですって?」「七十三になりますがね。もう耳が駄目でさ。亜鉛屋根にパラパラと来る雨の音が聞えなくなりましたからね、随分不断に使った躯ですよ。若い時分にゃ宇都宮まで俥ひいて、日帰りでしたからね。あ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・太空は一片の雲も宿めないが黒味わたッて、廿四日の月は未だ上らず、霊あるが如き星のきらめきは、仰げば身も冽るほどである。不夜城を誇顔の電気燈は、軒より下の物の影を往来へ投げておれど、霜枯三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・海軍が進歩した、陸軍が強大になった、工業が発達した、学問が隆盛になったとは思うが、それを認めると等しく、しかあるべきはずだと考えるだけで、未だかつて「如何にして」とか「何故に」とか不審を打った試しがない。必竟われらは一種の潮流の中に生息して・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
出典:青空文庫