・・・ そう云う次第だから、斉広は、登城している間中、殆どその煙管を離した事がない。人と話しをしている時は勿論、独りでいる時でも、彼はそれを懐中から出して、鷹揚に口に啣えながら、長崎煙草か何かの匂いの高い煙りを、必ず悠々とくゆらせている。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。その中に、ふりまわしている軍刀のつかが、だんだ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・その上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤けた鉄瓶がかかっていて、南瓜のこびりついた欠椀が二つ三つころがっていた。川森は恥じ入る如く、「やばっちい所で」といいながら帳場を炉の横座に招じた。 そこ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そして部屋の真中に陣どって、その石を黒と白とに分けて畳の上に綺麗にならべ始めた。 八っちゃんは婆やの膝に抱かれながら、まだ口惜しそうに泣きつづけていた。婆やが乳をあてがっても呑もうとしなかった。時々思い出しては大きな声を出した。しまいに・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ 広間の真中にやはり椅子のようなものが一つ置いてある。もしこの椅子のようなものの四方に、肘を懸ける所にも、背中で倚り掛かる所にも、脚の所にも白い革紐が垂れていなくって、金属で拵えた首を持たせる物がなくって、乳色の下鋪の上に固定してある硝・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・と交る交るいって、向合って、いたいたけに袖をひたりと立つと、真中に両方から舁き据えたのは、その面銀のごとく、四方あたかも漆のごとき、一面の将棋盤。 白き牡丹の大輪なるに、二ツ胡蝶の狂うよう、ちらちらと捧げて行く。 今はたとい足許が水・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿にぴちゃぴちゃと水を溜めて、其処を、干潟に取り残された小魚の泳ぐのが不断であるから、村の小児が袖を結って水悪戯に掻き廻す。……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時の汐の絶間にも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・隣の間から箒を持出しばさばさと座敷の真中だけを掃いて座蒲団を出してくれた。そうして其のまま去って終った。 予は新潟からここへくる二日前に、此の柏崎在なる渋川の所へ手紙を出して置いた。云ってやった通りに渋川が来るならば、明日の十時頃にはこ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・二 二階は六畳敷ばかりの二間で、仕切を取払った真中の柱に、油壷のブリキでできた五分心のランプが一つ、火屋の燻ったままぼんやり点っている。窓は閉めて、空気の通う所といっては階子の上り口のみであるから、ランプの油煙や、人の匂や、・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫