・・・ 本田富次郎の頭脳が、兎に角物を言う事の出来た間中は、彼は此地方切っての辣腕家であった。 他の地主たちも、彼に倣って立入禁止を断行した。そして、累卵の危きにあるを辛うじて護る事が出来た。小作人どもは、ワイワイ云ってるだけで、何とも手・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
為事室。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。真中に硝子の扉ありてバルコンに出づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き開き戸あり。右にも同じ戸ありて寝間に通じ、この分は緑の天鵞絨の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
○こう生きて居たからとて面白い事もないから、ちょっと死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒョコと帰って来て地獄土産の演説なぞは甚だしゃれてる訳だが、しかし死にッきりの引導渡されッきりでは余り有難くないね。けれ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・みんなはそれから番号をかけて右向けをして順に入口からはいりましたが、その間中も変な子供は少し額に皺を寄せて〔以下原稿数枚なし〕と一郎が一番うしろからあまりさわぐものを一人ずつ叱りました。みんなはしんとなりました。「みなさん休みは・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・一坪でも、そこから米を産出する稲田の真中に、大きい面積をつぶして住居を立てるほど地主たちは愚かでないという証拠である。彼等は多く都会に家をもっているのだろう。小作としてどうしてもそこで働かせておかなければこまる農民の住居は最小限において。家・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ この間中、田舎に行っていたうち何かで、或る作家が、女性の作品はどうしても拵えもので、千代紙のようでなければ、直に或る既成の哲学的概念に順応して行こうとする傾向がある、と云うような意味の話をされた事を読んだ。 これは新しい評言ではな・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・この間中は一時間、二時間おきに起きてないて、私は全くグロッキーになり、一昨日は病人となりました。手つだいの人達が気の毒に思って自分達の方へ寝かしてくれ、一晩でかぶとを脱ぎ、昨晩は、さてこれから一合戦と覚悟をきめていたら、思いもかけず眠り通し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 叔父が入院して居る間中動けない時には毎日毎日欠かさず一度ずつは学校から帰ると先(ぐお見舞に行くのが常であった。 どんな病室であったかまるで覚えては居ないが、何でも入口から室までの廊下が大変長く静かで、両側の白壁に気味悪く反響する足・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・この間中の女君の中で一番かけのない御方でございましょう、そんなことを申しては何でございますが若奥様よりもよっぽど何でございますよ」 女はまじめな熱心な様子ではなしをつづけて、「ネ、若様、あの方なら貴方様の御方様に遊ばしても御立派でご・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・春の暖さが、地面の底から、しんしんとわき出して、永い冬の間中、いてついて、下駄の歯の折れそうになって居た土を、やわらげて行くからなのである。 子供達は、背中まで、大きな はね を上げながら、いつともなし足袋をぬいだ足を、思うさまよごして・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫