・・・大阪、京都などのような都会は、違った文化が見られて悪るくはないと思いますが、旅として見て、東海道あたりの海が見え、松があるといった美しいだけで、唯長々と眠につづいている整然とした風景よりも、変化のある北の方が好ましいと思います。 旅行で・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・の中には、大門をひかえ、近所の出入りにも車にのり、いつも切れる様な仕立て下しの物ばかりを身につけて居ながら、月末には正玄関から借金取りがキッキとやって来る様な、栄蔵には判断のつきかねる様な、二重にも、三重にも裏打った生活をして居る人が沢山あ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・冬の凍った三重窓に青く月の光がさして、夜の十二時にクレムリから大時計の音楽の一くさりが響いて来た。窓の前は、モスク夕刊新聞の屋上で、クラブになっていた。着いた年の冬は、硝子張りの屋根が破れたまま鉄骨がむき出しになっていた。雪がそこから降る。・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・はドイツのシレジアにおいて、国家、資本家、地主と三重の重荷を負わされている「織匠」が耐えかねて反抗した、その事実を主題としたものであった。社会が自由と解放を求める高揚した雰囲気の中で、良人カールとともに、朝から夜まで勤労しながら、ぬけきれな・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・「おそいから心配しちゃった。三重衝突でつぶされちゃったかと思ったわよ」 その辺には号外やら夕刊がとり散らされてある。どれにも、各所に籠城した罷業従業員達の動静や街上風景を写真ニュースで報じ、「怖し羞し背広の車掌」「非常時運転がこぼす・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・べものにならない複雑さと大きさで、じかに政府のやりかたとくみうちして生きていかなければならなくなってきている農村のきょうの実状の中では、農村の主婦、母、未亡人たちすべてが、ただ黙々と野良、家事、育児と三重の辛苦を負うて目先の働きに追われてい・・・ 宮本百合子 「願いは一つにまとめて」
・・・ これらの二重、三重の利害によって夥しく氾濫せしめられている恋愛論が、果して大衆の現実問題としての恋愛、結婚生活の困難、障害を取りのぞくためにどれだけの働きをするであろうか。先ず陸軍大臣が保健省設立を提案するという興味ある形で今日とりあ・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・それは鋤に寄りかかる癖があるからで、それでまた左の肩を別段にそびやかして歩み、体格が総じて歪んで見える。膝のあたりを格別に拡げるのは、刈り入れの時、体躯のすわる身がまえの癖である。白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・蚊の外に小さく燃えているランプの光で、独寝の閨が寂しく見えている。 器械的に手が枕の側を探る。それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・悲しげな女の目には近所の人達の詞に同意する表情が見えた。そしてこう云った。「難有うございます。皆さんが御親切になすって下すって難有うございます。」ユリアはまだその上にこう云った。「警部さん。あなたはこうなった方が、かえってよいかも知れないと・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫