・・・ これについて思い出すのは、東京の著名な神社の祭礼に、街上で神輿をかついで回っている光景である。おおぜいの押し合う力の合力の自然変異のために神輿が不規則な運動をなしている状態は、顕微鏡下でたとえばアルコホルに浮かぶアルミニウムの微細な薄・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・ 道太は温泉へ行こうか、ここに御輿を据えようかと考えていたが、そのうちに辰之助がかけた若い女が来たりして、二階へ上がって、前にも二三度来たことのある奥座敷で、酒を呑んでいた。常磐津のうまい若い子や、腕達者な年増芸者などが、そこに現われた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・そして絵巻物に見る牛車と祭礼の神輿とに似ている新形の柩車になった。わたくしは趣味の上から、いやにぴかぴかひかっている今日の柩車を甚しく悪んでいる。外見ばかりを安物で飾っている現代の建築物や、人絹の美服などとその趣を同じくしているが故である。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・要するに幾何学のように定義があってその定義から物を拵え出したのでなくって、物があってその物を説明するために定義を作るとなると勢いその物の変化を見越してその意味を含ましたものでなければいわゆる杓子定規とかでいっこう気の利かない定義になってしま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・けれども、本当にいつか、そんな母親の云うような縮緬の揃の浴衣で自分が神輿を担いだことがあったのかしら。番頭や小僧が大勢いる店と云えば、善どんと小僧とっきりいない米源よりもっと大い店だろうが、そんな店が自分の家だったのだろうか? ぼんやり・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 嫁の実家、又は養子の実家のいいと云う事は、なかなか馬鹿に出来ないものだのに、フラフラと出来心でこんな事をして、揚句は、見越しのつかない病気になんかかかられて、食い込まれる…… お君が半紙をバリバリと裂いた音に、お金の考えが途中で消・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・しかしながら、新聞は、繭の高価を見越し、米の上作を見越して債権者はこの秋こそ一気に数年来の貸金をとり立てようとしているから、それを注意せよ、当局もそこから生じる紛争を警戒している、というのである。農民は今日の社会的事情にあっては、実った稲を・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・けれども、宣言的な前便については一言もふれず、じかに人情に訴える効果を見越したような運びかたは、はる子に落付けないのであった。悲しいいやな心持で、はる子は手紙を状差しにしまった。 秋が来た。夕方、忽ち夜になる。俄かな宵闇に広告塔のイ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・弱いあきらめや、浅はかな見越しをすて真実の世界をつなぐ花の環の一環として、平和を守る世界正義の下へ日本の勤労階級の正義をも結び合わしてゆかなければならない。これこそ、今年のメーデーに期待される重大な一つの歩み出しであると信じる。〔一九四八年・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・人民の経済生活は極めて危機に瀕しているから、もう一二ヵ月もすれば出版物に対する購買力も低減するだろうからという見越しで、すべての出版業者が、せき立ち焦っているのも、結構と思う。わたし達は、自身が餓えつつあるとき、せめては何が故に、自分達はこ・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
出典:青空文庫