・・・外濠線へ乗って、さっき買った本をいい加減にあけて見ていたら、その中に春信論が出て来て、ワットオと比較した所が面白かったから、いい気になって読んでいると、うっかりしている間に、飯田橋の乗換えを乗越して新見附まで行ってしまった。車掌にそう云うの・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・ が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見櫓が遠霞で露店の灯の映るのも、花の使と視めあえず、遠火で焙らるる思いがしよう、九時というのに屋敷町の塀に人が消えて、御堂の前も寂寞としたのである。 提灯もやがて・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・と時に、見附を出て、美佐古はいかがです。」「いや。」「これは御挨拶。」 いきな坊主の還俗したのでもないものが、こはだの鮨を売るんだから、ツンとして、愛想のないのに無理はない。「朝飯を済ましたばかりなのよ。」 午後三時半で・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・小半町行き、一町行き……山の温泉の町がかりの珍しさに、古道具屋の前に立ったり、松茸の香を聞いたり、やがて一軒見附けたのが、その陰気な雑貨店であった。浅い店で、横口の奥が山のかぶさったように暗い。並べた巻紙の上包の色も褪せたが、ともしく重ねた・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・先生、――「座敷を別に、ここに忍んで、その浮気を見張るんだけれど、廊下などで不意に見附かっては不可いから、容子を変えるんだ。」とそう言って、……いきなり鏡台で、眉を落して、髪も解いて、羽織を脱いでほうり出して、帯もこんなに(なよやかに、頭あ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 帰途に、赤坂見附で、同じことを、運転手に云うと、(今は少くなりました。こんなもんじゃありません。今朝六時頃、この見附を、客人で通りました時は、上下、左右すれ違うとサワサワと音がします。青空、青山、正面の雪の富士山の雲の下まで裾野を蔽う・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・とムックリ起上って、そこそこに顔を洗ってから一緒に家を出で、津の守から坂町を下り、士官学校の前を市谷見附まで、シラシラ明けのマダ大抵な家の雨戸が下りてる中をブラブラと送って来た。八幡の鳥居の傍まで来て別れようとした時、何と思った乎、「イヤ、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・家はよう/\見附かったが、今日は越せそうもない。金の都合が出来んもんだから」「そいつあ不可んよ君。……」 横井は彼の訪ねて来た腹の底を視透かしたかのように、むずかしい顔をして、その角張った広い顔から外へと跳ねた長い鬚をぐい/\と引張・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 銀座の方へ廻ると言って電車に乗った芳本と別れて、耕吉は風呂敷包を右に左に持替えて、麹町の通りを四谷見附まで歩いた。秋晴の好天気で、街にはもう御大典の装飾ができかかっていた。最後の希望は直入と蕃山の二本にかかった。 そこの大きな骨董・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 畜生! 何んてことだ、又忘れてやがらない! 俺たちはがっかりしてしまった。「六号!」 その時、看守が大声で怒鳴った。 見付けられたな、と思った。俺はギョッとした。見付けられたとすれば、俺だけではない、これから入ってくる何百・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫