・・・素朴な野薔薇の花を交えた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは両親を失った後、じょあん孫七の養女になった。孫七の妻、じょあんなおすみも、やはり心の優しい人である。おぎんはこの夫婦と一しょに、牛を追ったり麦を刈ったり、幸福にその日を送っていた。勿・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産の雉、山鳥、小雀、山雀、四十雀、色どりの色羽を、ばらばらと辻に撒き、廂に散らす。ただ、魚類に至っては、金魚も目高も決して食わぬ。 最も得意なのは、も一・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ と見ると、仏壇に灯が点いて、老人が殊勝に坐って、御法の声。「……我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見 衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心……」 白髪に尊き燈火の星、観音、そこにおはします。……駈寄って、は・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・そして、夏には、青々と実りました。毎年このころになると、悪い虫がつくのでありましたから、今年は、どうか満足に実を結ばせたいと思いました。 すると、その年の夏の日暮れ方のことであります。どこからとなく、たくさんのこうもりが飛んできて、毎晩・・・ 小川未明 「牛女」
・・・草を吹く風の果てなり雲の峰 娘十八向日葵の宿死んで行く人の片頬に残る笑 秋の実りは豊かなりけりこんな連続をもってこの一巻の「歌仙式フィルム」は始まるのである。それからたとえば踊りつつ月の坂道や・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・左側を見渡すと限りもなく広い田の稲は黄色に実りて月が明るく照して居るから、静かな中に稲穂が少しばかり揺れて居るのも見えるようだ。いい感じがした。しかし考が広くなって、つかまえ処がないから、句になろうともせぬ。そこで自分に返りて考えて見た。考・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ 十月十四日夜 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 長野県上林温泉より〕 このエハガキに描かれているところは今は一面の段々の田で、稲が実り、背景の濃い杉山とつよい色調のコントラストです。多分この左手の方に一米十円をかけたという一万メート・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・八月の空には雲が多く白く金色に 又紫に輝いて地に 穀物は実り たわわなれどああ 何と云う哀愁!心 堪え難く痛み耀きも 色彩もその悦びを忘れ果たようだ。嘗て わたしの歓に於て無二であった人今はこ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・「御隠居様、 今年も亦思う通り実りがありませんない。 斯うして話は始まりいつはてしがつくかと思うほど長く長くつづくのである。 菊太の出来るだけの弁舌を振って、彼方此方、実入の悪かった田の例をあげる。 処は何処で、・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 切角人格的に尊敬し得る異性に出会い、まことに愛されもし、漸々遅蒔きながら人生が実りかけようとすると、今度は予想外の死で、万事は、動揺と不安とへの逆転になってしまいました。 彼女にとっては継子である嗣子夫妻との間に理解を欠き、亡夫の・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫