・・・日頃拝みなれた、端厳微妙の御顔でございますが、それを見ると、不思議にもまた耳もとで、『その男の云う事を聞くがよい。』と、誰だか云うような気がしたそうでございます。そこで、娘はそれを観音様の御告だと、一図に思いこんでしまいましたげな。」「・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんとうの批評家になれるのだ。江口の批評家としての強味は、この微妙な関係を直覚出来る点に存していると思う。これは何でもない事のようだが、存外今の批評家に欠・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・ 彼の死骸を磔柱から下した時、非人は皆それが美妙な香を放っているのに驚いた。見ると、吉助の口の中からは、一本の白い百合の花が、不思議にも水々しく咲き出ていた。 これが長崎著聞集、公教遺事、瓊浦把燭談等に散見する、じゅりあの・吉助の一・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ 鬼神力が三つ目小僧となり、大入道となるように、また観音力の微妙なる影向のあるを見ることを疑わぬ。僕は人の手に作られた石の地蔵に、かしこくも自在の力ましますし、観世音に無量無辺の福徳ましまして、その功力測るべからずと信ずるのである。乃至・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・おとよさんが人の妻でなかったらその親切を恋の意味に受けたかもしれないけれど、生娘にも恋したことのない省作は、まだおとよさんの微妙なそぶりに気づくほど経験はない。 元来はこの秋二軒が稲刈りをお互いにしたというも既におとよさんの省作いとしか・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
若い蘇峰の『国民之友』が思想壇の檜舞台として今の『中央公論』や『改造』よりも重視された頃、春秋二李の特別附録は当時の大家の顔見世狂言として盛んに評判されたもんだ。その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・『平凡』の一節に「新内でも清元でも上手の歌うのを聞いてると、何だかこう国民の精粋というようなものが髣髴としてイキな声や微妙の節廻しの上に現れて、わが心の底に潜む何かに触れて何かが想い出されて何ともいえぬ懐かしい心持になる。私はこれを日本国民・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・紅葉美妙以下硯友社諸氏の文品才藻には深く推服していたが、元来私の志していたのは経済であって、文学の如きは閑余の遊戯としか思っていなかった。平たくいうと、当時は硯友社中は勿論、文学革新を呼号した『小説神髄』の著者といえども今日のように芸術を深・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
ある時、その頃金港堂の『都の花』の主筆をしていた山田美妙に会うと、開口一番「エライ人が出ましたよ!」と破顔した。 ドウいう人かと訊くと、それより数日前、突然依田学海翁を尋ねて来た書生があって、小説を作ったから序文を書いてくれといっ・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
出典:青空文庫