・・・やがて夫の光国が来合わせて助けるというのが、明晩、とあったが、翌晩もそのままで、次第に姫松の声が渇れる。「我が夫いのう、光国どの、助けて給べ。」とばかりで、この武者修業の、足の遅さ。 三晩目に、漸とこさと山の麓へ着いたばかり。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と怒りながらも、まじないに、屋根瓦にへばりついている猫の糞と明礬を煎じてこっそり飲ませたところ効目があったので、こんどもそれだと思って、黙って味噌汁の中に入れると、柳吉は啜ってみて、変な顔をしたが、それと気付かず、味の妙なのは病気のせいだと・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 彼が部屋で感覚する夜は、昨夜も一昨夜もおそらくは明晩もない、病院の廊下のように長く続いた夜だった。そこでは古い生活は死のような空気のなかで停止していた。思想は書棚を埋める壁土にしか過ぎなかった。壁にかかった星座早見表は午前三時が十月二・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・今晩は手紙を書くのがイヤです。明晩明後日と益々イヤになるでしょう。虫の好い事を云いつづけに、思いきり云います。一つ叱って下さい。ああ。ぼくに東京に帰ってこい、といって下さい。嘘! ぼくをぼくの好きな作家、尾崎士郎、横光利一、小林秀雄氏に紹介・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・やがて渋蛇の目を開く音がして「また明晩」と若い女の声がする。「必ず」と答えたのは男らしい。三人は無言のまま顔を見合せて微かに笑う。「あれは画じゃない、活きている」「あれを平面につづめればやはり画だ」「しかしあの声は?」「女は藤紫」「男は?」・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ちょうど夫は取引用で旅行いたしまして、五六日たたなくては帰りません。明晩までに、差出人なしに「承知」と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つことにいたしましょう。済みませんが、も一つお願いがございます。御親切ついでに、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そして明晩城に火をかけるからお前達は逃げてこいという密使がきたわけですが、その時に女の人は何と申しましたかといえば、私はもう女として生きることはこりこりだ、自分は今までに二度結婚させられている。初めはやはり人質としてよそへ片づけられたが、そ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・流石に信濃の国なれば、鮒をかしらにはあらざりけり、屋背の渓川は魚栖まず、ところのものは明礬多ければなりという。いわなの居る河は鳳山亭より左に下りたる処なり。そこへ往かんとて菅笠いただき草鞋はきて出でたつ。車前草おい重りたる細径を下りゆきて、・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・そのころは幕がおりてから、役者が幕外へ明晩の芸題の披露に出る習慣であったが、祖父はこの披露をしたあとでしばしば自分の身の上話やおのろけや愚痴などを見物に聞かせた。見物はそれを喜んで聞くほどに彼を愛していたのだそうだ。この祖父を初めとして一族・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫