・・・其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊冶放蕩の末、遂には公然妾を飼うて内に引入れ、一家妻妾群居の支那流を演ずるが如き狂乱の振舞もあらば之を如何せん。従前の世情に従えば唯黙して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。 人間を動物的に低める性的誇張・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 科学教育のことが云われるからには、有益な科学の原理的な知識とともに、無私なよい観察者としての能力と、独創性を発揮するに足りるだけの周密、動的な推理の力とを二本の脚とする科学の精神が、あらゆる男女の心に培かわれてゆくことを願っていいので・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・キュリー夫人が科学の客観的な真理との関係で、自分の箇人的な勉強などを伝説化すまいとした潔癖は気品ある態度であり、科学に献身した者らしい無私を語っている。けれども、人間の歴史の嶮しい波の中での女の生きる姿という広さにおいてみれば、彼女が少女時・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・大なる直覚、赤児のような透視無二無私に 瞳を放つ処に真の根源があると思う。我等は、教育の概念にあやまたれ社会人の 才に煩わされホメロスの如き 太古の本心を失った。何処までも 繊細に 何処までも 鋭く而・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・そういう時の、父の老いたが若々しい光のある顔は、美術品に対する無私な情愛というようなものに溢れており、娘の私の心をうごかしたものでした。 没する数年前、久しぶりでロンドンへ再遊しましたが、そのときの旅行の目的は父自身の愉しみが主眼ではな・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・千鶴子と何か意見を交わすと、それ故無私な意見さえ時に何かで受けられるのを感じる。――この感じが、尠からずはる子の自由を妨げるのであった。 会えば屡々そうなのに、これはまた奇妙なことに、暫く彼女が顔を見せないと、はる子は気になった。寂しい・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・今日の現実の内包している諸事情を、真に人民としての洞察と無私にたって観察すれば、こういう幾本かの筋が、くっきりと混沌の中から浮んで来るのである。 私たちは自分たち自身を過りにおとしいれ思わぬワナにはめないために、食糧管理委員会の運営の方・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・秋とともに在って、私は無私を感ずる。人と人との煩瑣な関係に於ても、彼我を越えた心と心との有様を眺める。心が宇宙を浸す。深い、広大な、叡智に達する程のポイズを味い得ることは稀でない。故に、古人は「ものゝあはれ」と、いう言葉を、秋に感じたのでは・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・批判の精神の役割は重大になって来るばかりなのである。批判の精神の無私な努力だけが、世紀の諸相の示している歴史の制約と各自が属している社会層の限界との間にある相互的な矛盾や対立を自身のものとして作家に自省せしめるものであるし、文学作品そのもの・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
出典:青空文庫