・・・が、ちょっと裏返して見ると、鳥膚になった頬の皮はもじゃもじゃした揉み上げを残している。――と云う空想をしたこともあった。尤も実際口へ入れて見たら、予期通り一杯やれるかどうか、その辺は頗る疑問である。多分はいくら香料をかけても、揉み上げにしみ・・・ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・頭の毛を、長くもじゃもじゃ生やしている所では、どうも作家とか画家とか云う階級の一人ではないかと思われる。が、それにしては着ている茶の背広が、何となく釣合わない。 僕は、暫く、この男の方をぬすみ見ながら、小さな杯へついだ、甘い西洋酒を、少・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ 口を開いて、唇赤く、パッと蝋の火を吸った形の、正面の鰐口の下へ、髯のもじゃもじゃと生えた蒼い顔を出したのは、頬のこけた男であった。 内へ引く、勢の無い咳をすると、眉を顰めたが、窪んだ目で、御堂の裡を俯向いて、覗いて、「お蝋を。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・茶碗を洗え、土瓶に湯を注せ、では無さそうな処から、小使もその気構で、卓子の角へ進んで、太い眉をもじゃもじゃと動かしながら、「御用で?」「何は、三右衛門は。」と聞いた。 これは背の抜群に高い、年紀は源助より大分少いが、仔細も無かろ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を掻乱すように見え、「何かね、その赤い化もの……」「赤いのが化けものじゃあない――お爺さん。」「はあ、そうけえ。」 と妙に気の抜けた返事をする。「……だから、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・然しまた可笑しかったのは、其巾着をさげて机の前に坐って手習をして居ると、女の人達が起ったり坐ったりする時に、動もすると知らずに踏みつける、すると毛がもじゃもじゃとするのでキャッといって驚く。其キャッと云って吃驚するのが如何にも面白いので、後・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・小さな稲荷のよろけ鳥居が薮げやきのもじゃもじゃの傍に見えるのをほめる。ほめられて見ると、なるほどちょっとおもしろくその丹ぬりの色の古ぼけ加減が思われる。土橋から少し離れて馬頭観音が有り無しの陽炎の中に立っている、里の子のわざくれだろう、蓮華・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・襟のよごれた着物を着て、もじゃもじゃの赤い髪を櫛一本に巻きつけている。手も足もきたない。それに男か女か、わからないような、むっとした赤黒い顔をしている。それに、ああ、胸がむかむかする。その女は、大きいおなかをしているのだ。ときどき、ひとりで・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・眉毛は太く短くまっ黒で、おどおどした両の小さい眼を被いかくすほどもじゃもじゃ繁茂していやがる。額はあくまでもせまく皺が横に二筋はっきりきざまれていて、もう、なっちゃいない。首がふとく、襟脚はいやに鈍重な感じで、顎の下に赤い吹出物の跡を三つも・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・頭髪は長くはないが踏み荒らされた草原のように乱れよごれ、顎には虎髯がもじゃもじゃ生えている。しかし顔にはむしろ柔和な、人の好さそうな表情があった。ただ額の真中に斜めに深く切り込んだような大きな創痕が、見るも恐ろしく気味悪く引き釣っていた。よ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫