・・・絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張った天井ばかりを眺めて暮した後、やっと起きて坐れるようになって、窓から小高い山の新芽がのびた松や団栗や、段々畑の唐黍の青い葉を見るとそれが恐しく美しく見える。雨にぬれた弁天島という島や、黒みかゝった海や、・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・少し釣が劫を経て来るとそういうことにもなりまする。唐の時に温庭という詩人、これがどうも道楽者で高慢で、品行が悪くて仕様がない人でしたが、釣にかけては小児同様、自分で以て釣竿を得ようと思って裴氏という人の林に這入り込んで良い竹を探した詩があり・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・てきせいこうは通雅を引いて、骨董は唐の引船の歌の「得董とくとうこつなや、揚州銅器多」から出たので、得董の音は骨董二字の原だ、といっている。得董那耶は、エンヤラヤの様なもので、囃し言葉である、別に意味もないから、定まった字もないわけである。そ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様聖天様不動様妙見様日珠様も御存じの今となってやみやみ男を取られてはどう面目が立つか立たぬか性悪者めと罵られ、思えばこの味わいが恋の誠と俊雄は精一杯小春をなだめ唐琴屋二代の嫡孫色男の免許状をみずから拝・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・喧嘩もやけに強くて、牢に入ったこともあるんだよ。唐手を知って居るんだ。見ろ、この柱を。へこんで居るずら。これは、二階の客人がちょいとぶん殴って見せた跡だよ。」と、とんでも無い嘘を言って居ます。私は、頗る落ちつきません。二階から降りて行って梯・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・きのう永井荷風という日本の老大家の小説集を読んでいたら、その中に、「下々の手前達が兎や角と御政事向の事を取沙汰致すわけでは御座いませんが、先生、昔から唐土の世には天下太平の兆には綺麗な鳳凰とかいう鳥が舞い下ると申します。然し当節のように・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・という訳名であるが、旱魃で水をほしがっているあの画面の植物は自分にはどうも黍か唐黍かとしか思われなかった。 主人公の「野性的好男子」もわれらのような旧時代のものにはどうもあまり好感の持てないタイプである。しかし、とにかくこうした映画で日・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・東夷南蛮の類であり、毛唐人の仲間である。この「ヤナ」が「野蛮」に通じまた「野暮な」に通ずるところに妙味がないとは言われない。 またこの「毛唐」がギリシアの「海の化けもの」ktos に通じ、「けだもの」、「気疎い」にも縁がなくはない。・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・と駄目をおし、「むかし嵯峨のさくげん和尚の入唐あそばして後、信長公の御前にての物語に、りやうじゆせんの御池の蓮葉は、およそ一枚が二間四方ほどひらきて、此かほる風心よく、此葉の上に昼寝して涼む人あると語りたまへば、信長笑わせ給へば、云々」とあ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 父は田崎が揃えて出す足駄をはき、車夫喜助の差翳す唐傘を取り、勝手口の外、井戸端の傍なる小屋を巡見にと出掛ける。「母さん。私も行きたい。」「風邪引くといけません。およしなさい。」 折から、裏門のくぐりを開けて、「どうも、わり・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫