・・・他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこのルーレットが、どの人間の中にも一つずつあるという鵜飼い――およそ誰でも、自分が鵜であるか、鵜の首を握っている漁夫である・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・「どう云う文句かね。」「殺人犯で、懲役五箇年です。」緩やかな、力の這入った詞で、真面目な、憂愁を帯びた目を、怯れ気もなく、大きくって、己を見ながら、こう云った。「その刑期を済ましたのかね。」「ええ。わたくしの約束した女房を附・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・樗陰も、これはいいと言ってしばらくながめていたが、やがて首をかしげて、先生、この文句は変ですね、と言い出した。漱石は、変なことはないよ、いい文句じゃないか、と答えたが、樗陰は、いや、おかしい、と頑強に主張した。漱石は立って書斎から李白の詩集・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫