・・・そのために、にげかけていた鳩は、たちまち二つのつばさをまっ黒に焼きこがされてしまいました。 鳩はびっくりして、じきそばにあった高い木の先へとまりました。 そうすると長々は、たちまちするするとからだをのばして、その鳩をひょいと両手でつ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらい・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・ 黄村先生があのように老いの胸の内を焼きこがして恋いしたっていた日本一の、いや世界一の魔物、いや魔物ではない、もったいない話だ、霊物が、思わざりき、湯村の見世物になっているとは、それこそ夢に夢みるような話だ。誰もこの霊物の真価を知るまい。こ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・学術的論文というものは審査委員だけが内証でこっそり眼を通して、そっと金庫にしまうか焼き棄てるものではない。ちゃんとどこかの公私の発表機関で発表して学界の批評を受け得る形式のものとしなければならないように規定されているのである。それで、もしも・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ 二 製陶実演 三越へ行ったら某県物産展覧会というのが開催中であって、そこでなんとか焼きの陶器を作る過程の実演を観覧に供していた。回転台の上へ一塊の陶土を載せる。そろそろ回しながらまずこの団塊の重心がちょうど回転軸の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・「何がって、――登る途中で焼き殺されちまうだろう」「馬鹿を云っていらあ。夜だから、ああ見えるんだ。実際昼間から、あのくらいやってるんだよ。ねえ、姉さん」「ねえ」「ねえかも知れないが危険だぜ。ここにこうしていても何だか顔が熱い・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その士人の中には殺伐無状、人を殺し家を焼き、およそ社会の平安を害すべき事なれば一も避くるところなく、ついに身を容るるの地なきにいたれば、快と称して死につきし者もあり。幸にして死にいたらざりし者が、今の地位にいて事をとるのみ。すなわち昔日は乱・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・それならば、お七は死に臨んでも自分の罪を悪いと思わぬばかりでなく、いっそ自分のつけた火が江戸中に広がって、自分を死刑に宣告した裁判官と、自分を死刑に陥れた法律と、自分を死刑に行うべき執行人とを合せて焼き尽さなんだ事を残念に思うて居るのであろ・・・ 正岡子規 「恋」
・・・今度屑焼きのある晩に燃えてる長い藁を、一本あの屋根までくわえて来よう。なあに十本も二十本も運んでいるうちにはどれかすぐ燃えつくよ。けれども火事で焼けるのはあんまり楽だ。何かも少しひどいことがないだろうか。」 又その隣りが答えました。・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・非常に新鮮な感じであった。夜気はこまやかに森として、遠くごく遠く波の音もする。夜、波の音は何故あのように闇にこもるように響くのだろう。耳を澄ましていると、「御免下さい」 婆さんが襖をあけた。「何にもありませんですがお仕度が出来ま・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫