・・・それが困るので甚だ我儘な遣り方ではあるが、左千夫、碧梧桐、虚子、鼠骨などいう人を急がしい中から煩わして一日代りに介抱に来てもらう事にした。介抱というても精神を慰めてもらうのであるから、先ずいろいろの話をしてその日を送って行く、その話というの・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 自分達が云うだけの科白を云ってしまうと、もうあとは貴方の分だ、お遣りなさい。というように、平気で澄し込んでしまう。心は、些も中心人物と共に鼓動していない。当然、見物より先に傾注し、活々とした反応を示すべき周囲が、冷やかに納り込んで、一・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・何か一つ遣りたいこと、しとげたい目的をもっている女性にとって、二十五・六という年は結婚とも絡んで愈々そのことに本腰にならせるか、或は余技的なものにするかという境のようなところがある。そんなことでも、二十五は男の厄という古い現実はいつか消しと・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・と云って開けて遣りそうだと云うので、結局夜光りの朝寝坊の私が夜番をする事になった。「ああいいともいいとも私が居りゃ泥棒だって敬遠して仕舞うさ。などと云いながら、少し夜が更けると、皆の暑がるのもかまわず、すっかり戸を閉・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・そして、愛するYが、時間と金とを魔術のように遣り繰る技能に、一段の研磨の功を顕しますように。〔一九二六年八月〕 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・翌朝景一は森を斥候の中に交ぜて陣所を出だし遣り候。森は首尾よく城内に入り、幽斎公の御親書を得て、翌晩関東へ出立いたし候。この歳赤松家滅亡せられ候により、景一は森の案内にて豊前国へ参り、慶長六年御当家に召抱えられ候。元和五年御当代光尚公御誕生・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・亀蔵は憎い奴ですから、若し出合ったら、ひどい目に逢わせて遣ります。だが捜すのも待つのも駄目ですから、出合うまではあいつの事なんか考えずにいます。わたしは晴がましい敵討をしようとは思いませんから、助太刀もいりません。敵が知れれば知れる時知れる・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・竜池は金兵衛以下数人の手代を諸家へ用聞に遣り、三日式日には自身も邸々を挨拶に廻った。加賀家は肥前守斉広卿の代が斉泰卿の代に改まる直前である。上杉家は弾正大弼斉定、浅野家は安芸守斉賢の代である。 父伊兵衛は恐らくは帳簿と書出とにしか文字を・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・「わたしが自分で遣ります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこは龕のように出張っていて、その中に竈や鍋釜が置いてあった。「この土地の冬が好きだと云ったっけね。」「大好きです。」「冬の間に誰か尋ねて来るかね。」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・わたくしが妹の手を取って遣りますと、その手に障る心持は、丁度薔薇の花の弁に障るようでございます。妹は世の中のことを少しも存じません。わたくしも少しも存じません。それで二人は互に心が分かっているのでございます。どうか致して、珍らしく日が明るく・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫