・・・るようになったので、不図また眼を開けて見ると、再度吃驚したというのは、仰向きに寝ていた私の胸先に、着物も帯も昨夜見たと変らない女が、ムッと馬乗に跨がっているのだ、私はその時にも、矢張その女を払い除ける勇気が出ないので、苦しみながらに眼を無理・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ あんな恥かしいところを見られたので自分は嫌われたと思いこむと、豹一はもう紀代子に会う勇気を失ってしまった。豹一が二三日顔を見せないので、彼女は物足らなかった。楽天地の前で豹一が物も言わずに逃げて行ったことも気に掛った。あんなに仲よくし・・・ 織田作之助 「雨」
・・・郷里の伯母などに催促され、またこの三周忌さえすましておくと当分厄介はないと思い、勇気を出して帰ることにしたのだが、そんな場合のことでいっそう新聞のことが業腹でならなかった。そんなことで、自分はその日酒を飲んではいたが、いくらかヤケくそな気持・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・「それでも勇気を鼓して近づいてみると女でした、無論その顔は見えないが、路にぬぎ捨てある下駄を見ると年若の女ということが分る……僕は一切夢中で紅葉館の方から山内へ下りると突当にあるあの交番まで駈けつけてその由を告げました……」「その女・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・彼によれば人間の目的は動物的有機体にもとづく快楽や、欲求を満足せしめることに存しない。人間の目的は神的意識の再現たる永久的自我を実現せしめることにある。社会を改善する目的も大衆に肉体的快楽、物的満足を与えるためではない。その各々の自我を実現・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・私は青年学生に私の真似をせよと勧める勇気はもとより持っていない。しかしそれだからといって、学業を怠らぬよう、眠られぬ夜がつづかぬよう、社会や、家庭の掟を破らぬよう、万事ほどよく恋愛せよというようなことを忠告する気にはなれない。生命にはその発・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そうするとまたそろそろと勇気が出て来て、家を出てから一里足らずは笛吹川の川添を上って、それから右手の嶺通りの腰をだんだんと「なぞえ」に上りきれば、そこが甲州武州の境で、それから東北へと走っている嶺を伝わって下って行けば、ついには一つの流に会・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・る小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点しやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もう掌のうち・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・おまえたちを驚かすのを恐れて、きょうまでその勇気が出なかったのです。その点は許してください。 最初この話を加藤大一郎さんにしましたとき、それはとうさんのためにもよかろうと言ってたいへん喜んでくれました。おまえたちもそう思ってくれるならと・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」ということに過ぎない。その諦めもほんの上っ面のもので、衷心に存する・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫