・・・ その次の日から、一つ寝返りをうつにも若い男のゆったりした腕が、栄蔵の体の下へ入れられ、部屋の掃除などと云うと、布団ごと隣の部屋へ引きずって行く位の事は楽々された。 お節はこの力強い手代りをいかほどよろこんだか知れない。「ほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 成丈、脊髄を曲げない様に、左右の手を同じ様に発育させる様に注意して、ゆったりと胸に抱えあげて、形の好い鼻からさし引きする安らかな呼吸を聞いて居ると、私の心は、類もない希望と、安心にときめいて来る。 長年の勉強と努力で、漸う出来た私・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・ 居る女達は、皆、私が絵で好いて居るゆったりと見事な身の廻りをして、小姓に長いスカートをかかげさせて、左の掌に白い羽根の扇をのせてしとやかに動いて居る。 あっちの根元に立派なホールがあって、集った人達が笛を吹いたり※イオリンを鳴らし・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・自分は、普通人間が椅子にかけるようにゆったり深く椅子の背にもたれてかけていたばかりだ。「ここをどこだと思ってる! 生意気な! 警察へ来たら警察へ来たらしくするんだ!」 吸いかけた煙草を床の上へすて、靴の先で揉み消し、縦に割れた一尺指・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・しずかな昼間の部屋でものを書くのは何と健康で、ゆったりとしていいでしょう。丁度午後のそういう時間が体操とかち合って、ここの学校の先生はさながら自分の肉体の柔軟さと力感と肺カツ量とをたのしむように空まで声をひびかせて、ソラソラソラ手をあげてハ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 気分はやっぱりあなたらしくゆったりしていらっしゃるからほんとうにうれしく存じます。大事にして下さい。ごたごたいうに及ばないことは実によく分っているのですけれども。文学の仕事についても、生活法についても御安心下さい。私が最近に経た鍛錬は・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・一頁をいくつにも区切って、新聞の絵の一コマの狭さのものがそのまま、ただびっしり詰められてあるきりで、ゆったりと心持ちよい線で描き出されたフクチャンを子供らに見せてやろうという愛の配慮やユーモアはないのである。 児童のための良書ということ・・・ 宮本百合子 「“子供の本”について」
・・・質問者は、シーモノフがゆったりした様子で坐りながら自明なこととして話すこれらの説明に満足したらしかった。 傍でそれらの問答をきいていてさまざまの感想にうたれた。ソヴェトの若い文学の世代、ピオニェールからコムソモールと育ってきた世代の若い・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・が、白茸になると純粋な上にさらに豊かさがあって、ゆったりとした感じを与える。しめじ茸に至れば清純な上に一味の神秘感を湛えているように見える。子供心にもこういうふうな感じの区別が実際あったのである。特にこれらの茸と毒茸との区別は顕著に感ぜられ・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
・・・相重なった屋根の線はゆったりと緩く流れて、大地の力と蒼空の憧憬との間に、軽快奔放にしてしかも荘重高雅な力の諧調を示している。丹と白との清らかな対照は重々しい屋根の色の下で、その「力の諧調」にからみつく。その間にはなお斗拱や勾欄の細やかな力の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫