・・・床の上に、小さな花瓶に竜胆の花が四五本挿してある。夏二た月の逗留の間、自分はこの花瓶に入り替りしおらしい花を絶やしたことがなかった。床の横の押入から、赤い縮緬の帯上げのようなものが少しばかり食みだしている。ちょっと引っ張ってみるとすうと出る・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・たとえば紡績機械の流動のリズムと、雪解けの渓流のそれと、またもう一つ綿羊の大群の同じ流れとの交互映出のごときも、いくらかそうである。しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら莫大な運動量を持っ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・また一方で前記の放射状対流渦の立派に現われる場合は、いずれも求心的流動の場合であるから、放電陰像の場合もあるいは求心的な物質の流れがあるのではないかと想像させる。水流の場合には一般に流線の広がる時に擾乱が起こるが流線が集約する時にはそれが整・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・いわゆる思想は流動しても科学的の事実は動かないからであろう。馬の手綱のとり方の要領の変わらないのは、千年や二千年ぐらいたっても馬はやはり同じ馬だからであろう。一人の哲学者が一言二言いったというだけで人間全体が別種の存在に変わって人間界の方則・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ あるいはまた、香気ないし臭気を含んだ空気が鳥に相対的に静止しているのでは有効な刺激として感ぜられないが、もしその空気が相対的に流動している場合には相当に強い刺激として感ぜられるというようなことがないとも限らない。 鳥の鼻に嗅覚はな・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・ 水の流れや風の吹くのを見てもそれは決して簡単な一様な流動でなくて、必ずいくらかの律動的な弛張がある、これと同じように生物の発育でも決して簡単な二次や三次の代数曲線などで表わされるようなものではない。 例えば昆虫の生涯を考えても、卵・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ 私のこのはなはだ不完全に概括的な、不透明に命題的な世迷い言を追跡する代わりに、読者はむしろ直接に、たとえば猿蓑の中の任意の一歌仙を取り上げ、その中に流動するわが国特有の自然環境とこれに支配される人間生活の苦楽の無常迅速なる表象を追跡す・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・牝鹿がある時どんなに優しく、ある時どんなに猛くてもやはりそれなり牝鹿らしいと見るままの心で女の女らしさが社会の感情の中に流動していたのであったと思われる。 近松になると、もう明瞭に女の女らしさ、男の心に対置されたものとしての女心の独特な・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ こう書いて来て思うのだが、プロレタリアの力がのびてくるにつれ、諷刺の形式をとった文学は段々小型になって、ますます流動性せん動性をもって来るのではないだろうか。 もうこれからはゴーゴリの作品のような型で諷刺する諷刺文学は、プロレタリ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
出典:青空文庫