・・・ ヴォルフのカメラはまるで美感と温さとをもった生きもののようで、独特の生命に流動しながら、対象の極めて自然な、しかも性格的なモメントをとらえている。最高の機械と技術とが駆使されていることは明らかなのだが、ヴォルフの製作の一つ一つの態度は・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・これ等は、おもに流動する貨幣のみちびきかた、適当な配分を考究して、金によって支配される、生活に必須な物質方面から、人間生活を正当なものに落ち付けて行こうとするのではないでしょうか。けれども、私が、深く疑問に思うことは、それ等の諸問題が学理的・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・そしてまた、音そのものの記号の上にだけ民族的特徴をとらえたとして、それの羅列で作ったところで、やはり流動する生命のリズムとしての民族性は人の心をうつものたり得ないことが実感されたのも興味ふかかった。文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・クロッキーにおいて細部は追究されず、しかし流動する物体のエネルギーそのものの把握が試みられる。次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨の隆起、跳躍の姿がとらえられる。だが、そのうちに、ダイナミックに自然法則はとらえられる。「風知・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・一月の時日の間に、彼等の間には何の流動、何の心的交通も開けては居ないのである。どうして其ですんで行くだろう、此が一年続いても、二年続いても、彼等は平気なのだろうか、恐ろしくなる。 私と云うものを挾んで相対する彼等は、私に対してはどちらも・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・心情的な感じであるから、それは固定したものではなくて、私たちの日常のあれこれをかいくぐって流動しているものである。今感じられた幸福感も三時間のちには消されるということもある。何によってそれは導き出され、消されるだろうか。自分の内と外とのあら・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・二日には、あなたがそれまで二度お目にかかっていた時よりずっと馴れて、顔つきにも体つきにもあなたらしい流動性が出ていて、大変うれしく、本当にうれしかった。晴れやかな心持でかえりにいねちゃんのところへよったら、やっぱりよかったねとよろこんで、鶴・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・手術はせず、内科的になおしますが、いろいろ面倒くさい。流動物ばかりです。私の位でも苦しいことは相当であったから、あなたはさぞお辛かったでしょう。歩くなどということは実に苦しい。どうかお大切に。私の方はいろいろ揃っているのですから。きょう板上・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・しんから、ずっぷりと、暗く明るく泥濘のふかい東北の農村の生活に浸りこんで、そこに芽立とうとしている新鮮ないのちの流動を描き出してみたいと思っている。 一九四七年四月〔一九四七年六月〕・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ その間にも、私の背後に、活気ある都会の行人は絶えず流動していた。 通りすがりに、強い葉巻の匂いを掠めて行く男、私の耳に、きれぎれな語尾の華やかな響だけをのこして過る女達。 印袢纏にゴム長靴を引ずった小僧が、岡持を肩に引かつぎ、・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫