・・・しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心の疚しさに曇らされる所は少しもない。彼として、これ以上の満足があり得ようか。…… こう思いながら、内蔵助は眉をのべて、これも書見に倦んだのか、書物を伏せた膝の上へ、指で手・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ しかしおぎんは幸いにも、両親の無知に染まっていない。これは山里村居つきの農夫、憐みの深いじょあん孫七は、とうにこの童女の額へ、ばぷちずものおん水を注いだ上、まりやと云う名を与えていた。おぎんは釈迦が生まれた時、天と地とを指しながら、「・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・そうすれば己の良心は、たとえあの女を弄んだにしても、まだそう云う義憤の後に、避難する事が出来たかも知れない。が、己にはどうしても、そうする余裕が作れなかった。まるで己の心もちを見透しでもしたように、急に表情を変えたあの女が、じっと己の目を見・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・そして着ながらもしこれが両親の許しを得た結婚であったならばと思った。父は恐らくあすこの椅子にかけて微笑しながら自分を見守るだろう。母と女中とは前に立ち後ろに立ちして化粧を手伝う事だろう。そう思いながらクララは音を立てないように用心して、かけ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・俺たちのように良心をもって真剣に働く人間がこんな大きな損失を忍ばねばならぬというのは世にも悲惨なことだ。しかし俺たちは自分の愛護する芸術のために最後まで戦わねばならない。俺たちの主張を成就するためには手段を選んではいられなくなったんだ。俺た・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・……小遣万端いずれも本家持の処、小判小粒で仕送るほどの身上でない。……両親がまだ達者で、爺さん、媼さんがあった、その媼さんが、刎橋を渡り、露地を抜けて、食べものを運ぶ例で、門へは一廻り面倒だと、裏の垣根から、「伊作、伊作」――店の都合で夜の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・といわんは、渠の良心の許さざりけむ、差俯向きてお貞は黙しぬ。「あかりが暗い、掻立てるが可い。お前が酷く瘠せッこけて、そうしょんぼりとしてる処は、どう見ても幽霊のようじゃ、行燈が暗いせいだろう。な。」「はい。」 お貞は、深夜幽・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・五ツになるのと七ツになる幼きものどもが、わがままもいわず、泣きもせず、おぼつかない素足を運びつつ泣くような雨の中をともかくも長い長い高架の橋を渡ったあわれさ、両親の目には忘れる事のできない印象を残した。 もう家族に心配はいらない。これか・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ お君というその姪、すなわち、そこの娘も、年は十六だが、叔母に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢の前に坐って、目・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・口の先では済まない事をした、申訳がありませんといったが、腹の底では何を思ってるか知れたもんじゃない。良心がまるで曇ってる。」「Yも平気でしたか?」「イヤ、Yは小さくなって悄れ返っていた。アレは誘惑されたんだ、オモチャにされたんだ。」・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫