・・・ とテントの中で曲馬団の者が呶鳴る。わあと喚声を揚げて子供たちは逃げる。私も真似をして、わあと、てれくさい思いで叫んで逃げる。曲馬団の者が追って来る。「あんたはいい。あんたは、いいのです。」 曲馬団の者はそう言って、私ひとりをつかま・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・、絨毯のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、寅の年生れの美丈夫、ふとマダムの顔を盗み見て、ものの美事の唐辛子、少年、わあっと歓声、やあ、マダムの鼻は豚のちん・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ポチも、いまはさすがに、おのれの醜い姿を恥じている様子で、とかく暗闇の場所を好むようになり、たまに玄関の日当りのいい敷石の上で、ぐったり寝そべっていることがあっても、私が、それを見つけて、「わあ、ひでえなあ」と罵倒すると、いそいで立ち上・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・のと意地のわるい、あざけるような口調で呼んで、ついと私から逃げて行き、それまであんなにきらっていた奈良さんや今井さんのグルウプに飛び込んで、遠くから私のほうをちらちら見ては何やら囁き合い、そのうちに、わあいと、みんな一緒に声を合せて、げびた・・・ 太宰治 「千代女」
・・・いって、女の簡単服をあれこれえらんでいるふりをして、うしろの黒い海水着をそっと手繰り寄せ、わきの下にぴったりかかえこみ、静かに店を出たのですが、二三間あるいて、うしろから、もし、もし、と声をかけられ、わあっと、大声発したいほどの恐怖にかられ・・・ 太宰治 「燈籠」
菊子さん。恥をかいちゃったわよ。ひどい恥をかきました。顔から火が出る、などの形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。サムエル後書にありました。「タマル、灰を其の首に蒙り、着たる振袖を・・・ 太宰治 「恥」
・・・もはや、道々、わあ、わあ大声あげて、わめき散らして、雷神の如く走り廻りたい気持である。私は、だめだ。シェリイ、クライスト、ああ、プウシュキンまでも、さようなら。私は、あなたの友でない。あなたたちは、美しかった。私のような、ぶざまをしない。私・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ すると火が急に消えて、そこらはにわかに青くしいんとなってしまったので火のそばのこどもらはわあと泣き出しました。 狼は、どうしたらいいか困ったというようにしばらくきょろきょろしていましたが、とうとうみんないちどに森のもっと奥の方へ逃・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「うさぎのみみはながいけど うまのみみよりながくない。」「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」みんなはわらったりはやしたりしました。「一とうしょう、白金メタル。」と画かきが手帳につけながら高く叫びました。「ぼくのは・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすましてしゃんとすわっているのが目につきました。みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集って来ましたが誰・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫