・・・一村二十余戸八十歳以上の老齢者五人の中の年長者であるということを、せめてもの気休めとして、予の一族は永久に父に別れた。 姉も老いた、兄も老いた、予も四十五ではないか。老なる問題は他人の問題ではない、老は人生の終焉である。何人もまぬかるる・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・と、お袋の別れの言葉はまたこうであった。「無論ですとも」と答えたが、僕はあとで無論もくそもあったものかという反抗心が起った。そして、それでもなお実は、吉弥がその両親を見送りに行った帰りに、立ち寄るのが本当だろうと、外出もしないで待ってい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・滅多に会わないでも永い別れとなると淋しい感がある。 殊に鴎外の如き一人で数人前の仕事をしてなお余りある精力を示した人豪は、一日でも長く生き延びさせるだけ学界の慶福であった。六十三という条、実はマダ還暦で、永眠する数日前までも頭脳は明晰で・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・そして家へ帰る路すがら、自分もいつかお父さんや、お母さんに別れなければならぬ日があるのであろうと思いました。四 あいかわらず、その後も、町の方からは聞き慣れたよい音色が聞こえてきました。乳色の天の川が、ほのぼのと夢のように空・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ ほとんど途方に暮れてしまって、少年は、ある道の四つ筋に分かれたところに立っていました。そこは、町を出つくしてしまって、広々とした圃の中になっていました。そして、どの道を歩いていっても、その方には、黒い森があり、青々とした圃があり、遠い・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ あるときは、生徒たちが、二組に分かれて、競技をしたことがあります。そんな場合には、甲は赤い帽子を被り、乙は白い帽子を被りましたが、一方は、桜の木の右に、一方は桜の木の左にというふうに、陣取りました。そのとき、桜の木は悠々として、右をな・・・ 小川未明 「学校の桜の木」
・・・八 その翌朝、同宿の者が皆出払うのを待って、銭占屋は私に向って、「ねえ君、妙な縁でこうして君と心安くしたが、私あ今日向地へ渡ろうと思うからね、これでいよいよお別れだ。お互に命がありゃまた会わねえとも限らねえから、君もまあ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「何べん解消しようと思ったかも分れしまへん」 解消という言葉が妙にどぎつく聴こえた。「それを言いだすと、あの人はすぐ泣きだしてしもて、私の機嫌とるのんですわ。私がヒステリー起こした時は、ご飯かて、たいてくれます。洗濯かて、せえ言・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・漆山文子という畳屋町から通っている子がいて、芸者の子らしく学校でも大きな藤の模様のついた浴衣を着て、ひけて帰ると白粉をつけ、紅もさしていましたが、奉公に行けば、もうその子の姿も見られなくなるという甘い別れの感傷も、かえって私の決心を固めさせ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫