・・・麓の活躍した心臓を圧迫するか、頂の死に逝く肺臓を黙殺するか、この二つの背反に波打って村は二派に分れていた。既に決定せられたがように、譬えこの頂きに療院が許されたとしても、それは同時に尽くの麓の心臓が恐怖を忘れた故ではなかった。 間もなく・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・一本の幹と、簡素に並んだ枝と、楽しそうに葉先をそろえた針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、苦しみ、精いっぱいの努力をつくしたように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・小川町の交叉点で――たしかそこで別れたように思うが――木下は腹立たしい心持ちを言葉に響かせてこう言った。 ――結局僕が Genumensch で、君がそうでない、ということに帰着するんだな。 この Genumenschという言葉を、・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫