・・・もしかような時にせめて山岡鉄舟がいたならば――鉄舟は忠勇無双の男、陛下が御若い時英気にまかせやたらに臣下を投げ飛ばしたり遊ばすのを憂えて、ある時イヤというほど陛下を投げつけ手剛い意見を申上げたこともあった。もし木戸松菊がいたらば――明治の初・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・大正文学の遺老を捨てる山は何処にあるか……イヤこんな事を言っていると、わたくしは宛然両君がいうところの「生活の落伍者」また「敗残の東京人」である。さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるま・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・その中にあなたの家を訪ねた時に思いきって這入ろうかイヤ這入るまいかと暫く躊躇した、なるべくならお留守であればよい、更に逢わぬといってくれれば可いと思ったというような露骨な事が書いてある。昔私らの書生の頃には、人を訪問していなければ可いがと思・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・「娘ッ子がある、どんな娘ッ子がある」。「ソレ顔の黒い、手足の白い、背中が黒くって腹が白くッて」。「オヤ変な娘ッ子だネ、そうしてその娘ッ子がおとなしくなびいたかい」。「イヤしくじったでがすヨ、尻尾をひッつかまえると驚いて吠えただからネ」。〔月・・・ 正岡子規 「権助の恋」
・・・いじゃないか、つまらないたッて困ったナ それじャこれではどうだ 屁をひってすぼめぬ穴の芒かなサ、少し善ければそれで我慢して置いて安楽に往生するサ 迷わずに往ってくれたまえ、迷ったら帰って来るヨ…………イヤに静かになった。誰やらクシクシ泣いて・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「あぶないぞナ。」「なに大丈夫サ、大丈夫天下の志サ。おい車屋、真砂町まで行くのだ。」「お目出とう御座います。先生は御出掛けになりましたか。」「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもう・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・いきなり、直截に、自身の心をむき出して、そんなものはイヤだ、イヤだと絶叫した。 全露農民作家団は、革命第十年目のソヴェト同盟に生活して、エセーニンがあったほど、そのように素朴ではない。 党は彼等を支持しているけれども、それは農民のう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 太郎はこの頃ハッパ、アーチャン。イヤダイヤダ。その他喋り、こちらの云うことはもう物語がわかります。家はこの頃病人続出でね、スエ子は大腸カタルがひどくなりかけて目下慶応入院中です。然しずっと経過はよくて、発病後一週間ばかりですが、却って・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ イヤハート夫人の「最後の飛行」を読むと、或る年の誕生日のお祝いに彼女のお母さんが一台の中古の飛行機をくれたことから、彼女の婦人飛行家としての出発が始まったことが語られていて、そういう日常の感情をこしらえた条件としてアメリカにフォードが・・・ 宮本百合子 「この初冬」
一 講和近づけりという噂がある。しかし戦争はまだやむまい。ばかばかしい話だが、英独両国で面目をつぶすのをイヤがっている間は、とうてい仲なおりはできぬ。 戦争はまだ幾年も続くだろう。そうして結局、各国ともに、社会的不安と政治的・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫