・・・猿を先祖とすることはエホバの息吹きのかかった土、――アダムを先祖とすることよりも、光彩に富んだ信念ではない。しかも今人は悉こう云う信念に安んじている。 これは進化論ばかりではない。地球は円いと云うことさえ、ほんとうに知っているものは少数・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・淋しい花嫁は頭巾で深々と顔を隠した二人の男に守られながら、すがりつくようにエホバに祈祷を捧げつつ、星の光を便りに山坂を曲りくねって降りて行った。 フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・潤なき地とは楽しみ、沙漠は歓びて番紅のごとくに咲かん、盛に咲きて歓ばん、喜びかつ歌わん、レバノンの栄えはこれに与えられん、カルメルとシャロンの美しきとはこれに授けられん、彼らはエホバの栄を見ん、我らの神の美わしき・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「エホバを畏るるは知識の本なり。」 多少、興奮して、失敬な事を書いたようです。けれども、若いすぐれた資質に接した時には、若い情熱でもって返報するのが作家の礼儀とも思われます。自分は、ハンデキャップを認めません。体当りで来た時には、体・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・それまで彼等は、エホバと呼ばれた万物の唯一の主だけを認めていた。物事が悪く行ったり戦いに敗れたり病気にかかったりすると、彼等はきまって、こういう不幸は何もかも自分たちの民族の信仰の不足のせいであると思い込んでいたのだ。ただ、エホバのみを恐れ・・・ 太宰治 「誰」
・・・その言葉は、エホバをさえ沈思させたにちがいない。もちろん世界の文学にも、未だかつて出現したことがなかった程の新しい言葉であった。「いいえ、」少女は眼を挙げて答えた。「兄さんが死んだので、私たちは幸福になりました。」・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 私は、エホバにだって誓って言えます。私は、そのたたかいの為に、自分の持ち物全部を失いました。そうして、やはり私は独りで、いつも酒を飲まずには居られない気持で、そうして、どうやら、負けそうになって来ました。 古い者は、意地が悪い。何・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間の世界を展望することが出来なかった。それで彼の一神教的哲学は茫漠た・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・だれも知る通り、旧約の神エホバは怒と復讐の神であり、新約の神は愛と平和の神である。この二つの神は正反対の矛盾として対蹠して居る。しかも新約は旧約の続篇で、且つ両者の精神を本質的に共通して居る。ニイチェのショーペンハウエルに於ける場合も、要す・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・さっぱりしたい。エホバの声というのは、どんなものであったろう。威があって自らモウゼを跪ずかせた轟があったに違いない。私も其がききたい。声に打れて卒倒したい。恐怖からでもよい、号泣したい。そして、すっかり忘れたい。彼と云う者も、自分というもの・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
出典:青空文庫