・・・それだのにそうかと云って、洋画家で絵絹へ油絵具を塗る試みをあえてする人、日本画家でカンバスへ日本絵具を盛り上げる実験をする人がないのはむしろ不思議なくらいである。 洋画を通じてルソーやマチスや、ドランやマルケーなどのようなフランス絵の影・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べるとかなりな相違があるのを見のがすことはできない。映画芸術の経済的社会的諸問題はここから出発するのである。 映画の成立・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・図画の先生に頼んで東京の飯田とかいううちから道具や絵の具を取り寄せてもらって、先生から借りたお手本を一生懸命に模写した。カンバスなどは使わず、黄色いボール紙に自分で膠を引いてそれにビチューメンで下図の明暗を塗り分けてかかるというやり方であっ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ セザンヌがりんごを描くのに決して一つ一つのりんごの偶然の表象を描こうとはしなかった、あらゆるりんごを包蔵する永遠不滅のりんごの顔をカンバスにとどめようとして努力したという話がある。科学が自然界の「事実」の顔を描写するのはまさにかくのご・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・この人の傾向を徹底させて行くとつまりは何もかいてないカンバスの面がいちばんいい事になりはしないか。 津田青楓。 「黒きマント」は脚から足のぐあいが少し変である。そのために一種サディズムのにおいのあるエロティックな深刻味があって近代ドイツ・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ボートの上にカンバスをかまぼこ形に張ったのが日本の屋根舟よりはむしろ文人画中の漁舟を思い出させた。きれいな小蒸汽が青い水面に八の字なりに長い波を引いてすべって行くのもあった。 牧場の周囲に板状の岩片を積んだ低い石垣をめぐらし、出入り口に・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・また他の学者はある種の鶚の前へカンバスで包んだ腐肉を置き、その包みの上に鮮肉の一片をのせた。鳥は鮮魚を食い尽くしたが布切れの下の腐肉には気づかなかったとある。 しかし、これはずいぶん心細い実験だと思われる。原著を読まないで引用書を通して・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・目で見なかった代わりに、自分の想像のカンバスの上には、美しい青草の毛氈の上に安らかに長く手足を延ばして寝ている黄金色の猫の姿が、輝くような強い色彩で描かれている。その想像の絵が実際に目で見たであろうよりもはるかに強い現実さをもって記憶に残っ・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・唐紙、カンバス、絵の具、なつかしい切り抜きの絵、文芸雑誌――そんなものがいっぱい散らかって漸く私達の座る事の出来る所だけすきのある様なせまい二階に二人は熱にうかされた様に話し合って居る。だらしないとりとめのないような部屋の中にもどことなしに・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画において・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫