・・・ さちよは、静かに窓のカーテンをあけた。あたしは、病院でこの善光寺助七の腕に抱かれて泣いたのだ。「あなたは、いつから来ていたの?」冷い語調であった。「おれかい?」死んだ大倉喜八郎翁にそっくりの丸い顔を、ぱっとあからめ、子供のよう・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 細君は、お勝手のカーテンから顔を出して笑った。健康そうな、普通の女性である。しかも、思わず瞠若してしまうくらいの美しいひとであった。「きょうは、弟を連れて来ました。」 と彼は私を、細君に引き合した。「あら。」 と小さく・・・ 太宰治 「女神」
・・・明りを消して寝ようとしていると窓外に馬の蹄の音とシャン/\/\という耳馴れぬ鈴の音がする。カーテンを上げて覗いてみると、人気のない深夜の裏通りを一台の雪橇が辷って行く、と思う間もなく、もう町のカーヴを曲って見えなくなってしまった。 子供・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・もう暑苦しいといってよい頃であったが、それでも開け放された窓のカーテンが風を孕んで、涼しげにも見えた。久しぶりにて遇った人もあるらしい。一団の人々がここかしこに卓を囲んで何だか話し合っていた。やがて宴が始まってデザート・コースに入るや、停年・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ その時窓にはまだ厚い茶いろのカーテンが引いてありましたので室の中はちょうどビール瓶のかけらをのぞいたようでした。ですから私も挨拶しました。「お早う。蜂雀。ペムペルという人がどうしたっての。」 蜂雀がガラスの向うで又云いました。・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・第三党として出馬したウォーレスの進歩党が、率直明白なその綱領によって、民主アメリカの幸福と世界の人民の民主化のためにタフト・ハートレー法や非アメリカ委員会の活動は廃止さるべきものであり、鉄のカーテンはとけうるものであり、またとかせるべきもの・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・の女として、ある程度文学の仕事に経験を重ねている作家として、中條百合子は、全身全心をうちかけて、「新しい世界」のカーテンをかかげ、その景観を日本のすべての人にわかとうとしている。自分の感動をかくさず、人々も、まともな心さえもつならば、美しい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・元カーテンに使ってあったから片側は、はげているところもあるんだけれど」 千代は、同じ愁わしげな眼差しでその青い布を見た。そして丁寧に腰をかがめて礼を云った。「有難うございます。一寸の間でございますのに此那にまで……」 さほ子は、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ ステーション前のホテルのなかも物音がなくてカーテンのかげに喪服の婦人の姿があるばかりである。 人通りというものも殆どない。明るい廃墟の市の午後の街上を疾走するのは我々をのせた自動車ぎりであった。ソンムとヴェルダンとはヨーロッパ大戦・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・今思えば、白いレース・カーテンのような布地をふわり長くこしらえて、カフスのところとカラーのところが水色の絹うち紐でしぼられ、その紐が飾り房としてたれていた。その服を着て、海老茶色のラシャで底も白フェルトのクツをはいた二十九歳の母が、柔かい鍔・・・ 宮本百合子 「菊人形」
出典:青空文庫