・・・ 亀吉は何思ったか、寄って行って、その復員軍人が、カードに、「小沢十吉……」 と、書いたのを、素早く読み取った。 そして小沢が引換のチケットをズボンの尻にねじ込んで地下鉄の中へ降りて行くと、ひそかにそのあとをつけ、雑踏の中で・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 銀色の紐を通した一組七枚重ねの、葉形カードに仕上げて、キャバレエの事務所へ届けに行くと、一組分買え、いやなら勘定から差引くからと、無理矢理に買わされてしまった。帰って雇人に呉れてやり、お前行けと言うと、われわれの行くところでないと辞退・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 皮に入ったピストルを肩からかけ、剣を吊した門衛に小さいカードと引きくらべに、ジロ/\顔をしらべられてから、俺だちは鉄の門を入った。――入ると、後で重い鉄の扉がギーと音をたてゝ閉じた。 俺はその音をきいた。それは聞いてしまってからも・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・絵葉書屋へはいったら一面に散らした新年のカードの中には売れ残りのクリスマスカードもあった。誰に贈るあてもないが一枚を五十銭で買った。水菓子屋の目さめるような店先で立止って足許の甘藍を摘んでみたりしていたが、とうとう蜜柑を四つばかり買って外套・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・野原は目の前から、遠くのまっしろな雲まで、美しい桃いろと緑と灰いろのカードでできているようでした。そばへ寄って見ると、その桃いろなのには、いちめんにせいの低い花が咲いていて、蜜蜂がいそがしく花から花をわたってあるいていましたし、緑いろなのに・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・八、ノルデは野原にいくつも茶いろなトランプのカードをこしらえた。 ノルデ奮起す。水の不足。九、ノルデがこさえたトランプのカードを、みんなは春は桃いろに夏は青くした。 恋人アルネとの結婚……夕方。十、ノルデはみんなの仕事を・・・ 宮沢賢治 「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」
・・・たとえば十一月一日に各新聞紙が刷りこんだ読者調整カードというものがあった。あのカードへ、これからよみたい新聞の名をかいて、新聞読者調整事務所といういかめしいところへ送ってやれば、欲しい新聞がよめるというしかけになっていた。これまでよみたい新・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・工場の中、兵営の中、農村、町、ソヴェトの中、教会の中をもいとわず、共産青年同盟員やピオニェールが、アルファベットのカードをこしらえて、七十の爺さんや二十五のお神さんに字を教えはじめた。 それでも、一九二六年には五千七十七万千九百九十七人・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ろな雑誌の切抜きなどの整理新聞のせいり等、はっきりその必要とやりかたが分った折から、M子さんが小遣いも入用なので、一週定期的にセクレタリーをやってくれることになり、あなたからの本の御注文も古今未曾有のカード式整理方法によって整理されました。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・コンクリートの二階建て、産院は細民カードに登録された家庭の婦人をお産の前後二週間四十人収容できるものなのだそうだ。 そして、一緒に建つ姙婦健康相談所で、プロレタリア婦人の避姙の相談にものり、産院で子を生ませてもらっても、とうてい育てられ・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
出典:青空文庫