・・・そのかき根について、ここらには珍しいコスモスが紅や白の花をつけたのに、片目のつぶれた黒犬がものうそうにその下に寝ころんでいた。その中で一軒門口の往来へむいた家があった。外の光になれた私の眼には家の中は暗くて何も見えなかったが、その明るい縁さ・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・がらくた壇上に張交ぜの二枚屏風、ずんどの銅の花瓶に、からびたコスモスを投込んで、新式な家庭を見せると、隣の同じ道具屋の亭主は、炬燵櫓に、ちょんと乗って、胡坐を小さく、風除けに、葛籠を押立てて、天窓から、その尻まですっぽりと安置に及んで、秘仏・・・ 泉鏡花 「露肆」
にわの コスモスが、きれいに さきました。しずかな 秋の いい ひよりです。 ピイー、ピイーと いう、ほそい ふえの 音が しました。「ラオの すげかえやが きたから、この きせるを たのんで おくれ。」と、おばあさんが ・・・ 小川未明 「秋が きました」
・・・中にも、うす紅色のコスモスの花がみごとでした。縁側の日当たりに、十ばかりの少女が、すわって、兄さんの帰るのを待っていました。その子は、病気と思われるほど、やせていました。しかし、目は、ぱっちりとして、黒く大きかったのでした。 兄さんは、・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・ さるは、りんごをもらって、よろこんで、さるまわしの背中におぶさりながら、コスモスの咲く、垣根に添って、あちらの方へと見えなくなったのであります。 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・バットやチェリーやエアシップは月並みだと思ったが、しかし、ゲルベゾルテやキャメルやコスモスは高すぎた。私はキングという煙草を買って練習した。一箱十銭だった。 口に煙草のにおいのある女とは、間もなく別れた。その当座、私は一日二箱のキングを・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。と書いてある。焦土である。 夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠。とも書いてある。 コスモス、無残。と書いてある。 いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・いや、アマリリスだったかな。コスモスだったかしら。」 この手だ。こんな調子にまたうかうか乗せられたなら、前のように肩すかしを食わされるのである。そう気づいたゆえ、僕は意地悪くかかって、それにとりあってやらなかったのだ。「いや。お仕事・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ネロの美貌を、盛夏の日まわりにたとえるならば、ブリタニカスは、秋のコスモスであった。ネロは、十一歳。ブリタニカスは、九歳。 奇妙な事件が起った。ネロが昼寝していたとき、誰とも知られぬやわらかき手が、ネロの鼻孔と、口とを、水に濡れた薔薇の・・・ 太宰治 「古典風」
・・・秋晴れの日で、病院の庭には、未だコスモスが咲き残っていた。あのころの事は、これから五、六年経って、もすこし落ちつけるようになったら、たんねんに、ゆっくり書いてみるつもりである。「人間失格」という題にするつもりである。 あと、もう書きたく・・・ 太宰治 「俗天使」
出典:青空文庫