・・・節子、冷然と坐ったままでいたのであるが、ふと、膝元の白い角封筒に眼をとめ、取りあげて立ち、縁側に出てはきものを捜し、野中のサンダルをつっかけ、無言で皆のあとを追う。――舞台、廻る。 第三場舞台は、月下・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ いまは、素裸にサンダル、かなり丈夫の楯を一つ持っている。私は、いまは、世評を警戒している。「私は嘗つて民衆に対してどんな罪を犯したろうか。けれども、いまでは、すっかり民衆の友でないと言われている。輿論に於いて人の誤解されやすいのには驚・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・やはり土人の巡査が、赤帽を着て足にはサンダルをはき、鞭をもって甲板に押し上がろうとする商人を制していた。 一時に出帆。昨夜電扇が止まって暑くて寝られなかったので五時半ごろまで寝た。夜九時にバベルマンデブの海峡を過ぎた。熱帯とも思われぬよ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・先生は紀元前の半島の人のごとくに、しなやかな革で作ったサンダルを穿いておとなしく電車の傍を歩るいている。 先生は昔し烏を飼っておられた。どこから来たか分らないのを餌をやって放し飼にしたのである。先生と烏とは妙な因縁に聞える。この二つを頭・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
一 或る日、ユーラスはいつもの通り楽しそうな足取りで、森から森へ、山から山へと、薄緑色の外袍を軽くなびかせながら、さまよっていました。銀色のサンダルを履き、愛嬌のある美くしい巻毛に月桂樹の葉飾りをつけた彼が、いかにも長閑な様・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫