・・・何万ボルトの電撃という一語であらゆるサージの形を包括していた。放電間隙と電位差と全荷電とが同じならばすべてのスパークは同じとして数えられた。すなわちわれわれはやはり量を先にして質をあとにしていたのであった。このある日の経験は私に有益であった・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ モスクで、私の暮したホテルはパッサージという名で、今ゴーリキイ通となった大通りにあった。冬の凍った三重窓に青く月の光がさして、夜の十二時にクレムリから大時計の音楽の一くさりが響いて来た。窓の前は、モスク夕刊新聞の屋上で、クラブになって・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・ 先ず風から見ると、頭髪をわけ、うしろでまるめるはよいが、白いゴムに光る碧石が入った大きなお下げどめをし、紺サージの洋服に水色毛糸帽同色リボンつきといういでたち。顔に縦じわ非常に多く、すっかりあかのつまった長い爪、顔の色あかぐろく、やせ・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・紺サージの水兵帽からこぼれたおかっぱが、優美に、白く滑らかな頬にかかっている。男の子のようにさっぱりした服の体を二つに折り、膝に肱をついた両手で顔をかくしている。彼女は、正直な乱暴さで、ぐいと、左手の甲で眼を拭いた。二人の大人が云うことに耳・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ すると、紺サージの洋服をつけ、後で丸めた髪を白セルロイドの大きなお下髪止めでとめた瘠せて小柄な鈴子が、効果を意識した口調で、「だからさ、そんなことは人によって違うんですよ、私だって三十六になったけれど、そんな気は一遍も起りゃしませ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・したに、 ホテル・パッサージ 新しいロシアに就ては未だ沢山書きたいことがあるし、又書かなければならない事がある。モスクワ生活の印象としてもこれは一部分だ。芝居のことその他は続編として別に書きたいと思っている。〔一九二・・・ 宮本百合子 「モスクワ印象記」
出典:青空文庫