・・・ 私は遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸の火をうつしながら、「確かあなたの御使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」 ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・をくれと情ない声を出すと、はいと飲まされたのは、ジンソーダだ。あっとしかめた私の顔を、マダムはニイッと見ていたが、やがてチャックをすっと胸までおろすと、私の手を無理矢理その中へ押し込もうとした。円い感触にどきんとして、驚いて汗ばんだ手を引き・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ことにむさくるしい小さい家を借りまして、一度の遊興費が、せいぜい一円か二円の客を相手の、心細い飲食店を開業いたしまして、それでもまあ夫婦がぜいたくもせず、地道に働いて来たつもりで、そのおかげか焼酎やらジンやらを、割にどっさり仕入れて置く事が・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・焼酎も、ジンも飲みました。きざな、ばかな女ですね。 愚痴は、もう申しますまい。私は、いさぎよく罰を受けます。窓のそとの樹の枝のゆれぐあいで、風がひどいなと思っているうちに、雨が横なぐりに降って来ました。雨の音も、風の音も、私にはなんにも・・・ 太宰治 「水仙」
・・・「わからねえなあ。ジンマシンなら、痒い筈だが。まさか、ハシカじゃなかろう。」 私は、あわれに笑いました。着物を着直しながら、「糠に、かぶれたのじゃないかしら。私、銭湯へ行くたんびに、胸や頸を、とてもきつく、きゅっきゅっこすったか・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・った日に電車に乗って行くうちに頭がぼうっとして、今どこを通っているかという自覚もなくぼんやり窓外をながめていると、とあるビルディングの高い壁面に、たぶん夜の照明のためと思われる大きな片かなのサインが「ジンジンホー」と読まれた。どういうわけか・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・sense でもない、「ジン」 Sinnでもない。マールブランシュはいうまでもなく、デカルトにすらそれがあると思われる。しかし私はフランス哲学独得な内感的哲学の基礎はパスカルによって置かれたかに思う。その「心によっての知」 connaiss・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・「ええと、カマジン国の飛行機、プハラを襲うと。なるほどえらいね。これはたいへんだ。まあしかし、ここまでは来ないから大丈夫だ。ええと、ツェねずみの行くえ不明。ツェねずみというのはあの意地わるだな。こいつはおもしろい。 天井裏街一番地、・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・チフリスへはコーカサス山脈を横断するグルジンスカヤ山道を自動車で十時間余ドライブして行く筈であった。コーカサスの雄大な美を知りたいと思えば、このグルジンスカヤ山道をおいてはない。そう云われている絶景である。ウラジ・カウカアズが、その起点とな・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 女の言葉の特長 ねーえ と引っぱってというが如し だに おいでた だかね 居ますんね〔欄外に〕ジンゲル Roll accident adapt angel そんな字が見える 天使、天子と・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫