・・・その中からシャリアピンの悲しくも美しいバスのメロディーが溢れ出るのであった。 歴史に名を止めたような、えらい武人や学者のどれだけのパーセントが一種のドンキホーテでなかったか。現在眼前に栄えているえらい人達のうちにも、もしかしたら立派なド・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 下で呼鈴を鳴す音がしたので、わたくしは椅子を立ち、バスへ乗る近道をききながら下へ降りた。 外へ出ると、人の往来は漸く稠くなり、チョイトチョイトの呼声も反響するように、路地の四方から聞えて来る。安全通路と高く掲げた灯の下に、人だかり・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ にわかにぼんやり青白い野原の向うで、何かセロかバスのやうな顫いがしずかに起りました。「そら、ね、そら。」ファゼーロがわたくしの手を叩きました。 わたくしもまっすぐに立って耳をすましました。音はしずかにしずかに呟やくようにふるえ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・そして、巣鴨の学校から志村のその工場へ通うバス代と別に「相当した賃銀」を出していると語っている。 十文字女史によって子供たちといわれている娘も、女学校の四五年とあれば、もう女工としては十分に一人前である。毎日の二時間で、若い娘たちはどの・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
バスの婦人車掌は、後から後からと降りる客に向って、いちいち「ありがとうございます」「ありがとうございます」と云っています。あれは関西の方からもって来られた風だそうですが、混雑の朝夕、それでなくてさえ切符切りで上気せている小・・・ 宮本百合子 「ありがとうございます」
・・・熱中してほてらしている頬は、まがうかたない女の軟かい頬であり、声高に議論するその声は、どうしたってテノールやバスではあり得ない。女のアルトであり、若々しいソプラノであるだろう。握る拳さえ、女は女のこぶしを握るのである。本質の女らしくなさ、が・・・ 宮本百合子 「「女らしさ」とは」
・・・ ゆうべ、八時頃、下から登って来たら、バスの女車掌が運転手と、あした、八百名、自由行動だってさ、晴れたら歩くだろう、と話していた。その八百名のほかにも、襟に黄色い菊飾のしるしをつけたような善光寺詣りの連中がのぼって来ているだろうのに、山・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・よくバスの車掌さんなんかで警察へつかまると、スパイが迚も拷問し、しかも女として堪えられないような目にあわす話をききますが、みんなそれは嘘でない証拠がここにあると思いました。 監獄では何ぞというと懲罰をくわすのだそうです。革命記念日に嚔を・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・電車・バスも、うっかり乗れないものになって来た。電燈料、ガス代、水道料、これらもひどく高くなる。二倍どころでなく上る。いくらかやすくなったのは魚類で十五円のものが十円になった程度である。政府と最も近い関係にある面での物価が、三倍からそれ以上・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒き痒き、細い眼でいつも又この人は笑ってばかりいたが、この叔母ほど村で好かれていた女の人もあるまいと思われた。自分の持ち物も、くれと人から云われると、何一つ惜しまなかった。子供たちを叱るにも響きわたる・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫