・・・壁にはルノアルやセザンヌの複製などもかかっている。ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云うと多少気が利いていますが、家賃は案外安いのですよ。 主筆 そう云う説明は入らないでしょう。少くとも小説の本文には。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・往来に面した客間の隅には小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁へ入れたエッティングなども懸っていました。ただ肝腎の家をはじめ、テエブルや椅子の寸法も河童の身長に合わせてありますから、子どもの部屋に入れられたようにそれだけは不便に思い・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・三重子はその写真の中に大きいピアノを後ろにしながら、男女三人の子供と一しょにいずれも幸福そうに頬笑んでいる。容色はまだ十年前と大した変りも見えないのであろう。目かたも、――保吉はひそかに惧れている、目かただけはことによると、二十貫を少し越え・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・それが髪をまん中から割って、忘れな草の簪をさして、白いエプロンをかけて、自働ピアノの前に立っている所は、とんと竹久夢二君の画中の人物が抜け出したようだ。――とか何とか云う理由から、このカッフェの定連の間には、夙に通俗小説と云う渾名が出来てい・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・桜井女学校の講師をしていた時分、卒業式に招かれて臨席したが、中途にピアノの弾奏が初まったので不快になって即時に退席したと日記に書いてある。晩年にはそれほど偏意地ではなかったが、左に右く洋楽は嫌いであった。この頃の洋楽流行時代に居合わして、い・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・かたわらには三人の美しい姉妹の娘らがいて、一人は大きなピアノを弾き、一人はマンドリンを鳴らし、一人はなにか高い声で歌っていました。それが歌い終わると、にぎやかな笑い声が起こって楽しそうにみんなが話をしています。じいさんは喜んで、笑い顔をして・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・二 その家はりっぱな家で、オルガンのほかにピアノや蓄音機などがありました。露子は、なにを見ても、まだ名まえすら知らない珍しいものばかりでありました。そしてそのピアノの音を聞いたり、蓄音機に入っている西洋の歌の節など聞きました・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ ある秋の寒い日のこと、街はずれの大きな家の門辺に立って、家の内からもれるピアノの音と、いい唄声にききとれていました。あまりに、その音が悲しかったからです。故郷といえば、幾百千里遠いかわからないからです。そして、帰りたいと思っても、いま・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・うちのお嬢さんは、毎日ピアノを弾いてうたっています。先生のところへいって、教わっているおもしろい唄をいい声でうたいながら、ダンスのまねをします。そこへ坊ちゃんが入ってくると、おっかけまわったりして、へやのうちを騒ぎます。しかし、じきに二人は・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・きくのはあらしの唄でなく、ピアノの奏楽でした。この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、おとぎばなしの世界はけっしてくるところでなく、ただ、きくだけのものだ。」と、しみじみ・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
出典:青空文庫