・・・絣の着物の下に純白のフランネルのシャツを着ているのですが、そのシャツが着物の袖口から、一寸ばかり覗き出て、シャツの白さが眼にしみて、いかにも自身が天使のように純潔に思われ、ひとり、うっとり心酔してしまうのでした。修業式のまえの晩、袴と晴着と・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・子規はセル、余はフランネルの制服を着て得意に人通りの多い所を歩行いた事を記憶している。その時子規はどこからか夏蜜柑を買うて来て、これを一つ食えと云って余に渡した。余は夏蜜柑の皮を剥いて、一房ごとに裂いては噛み、裂いては噛んで、あてどもなくさ・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・私はフランネルの着物を着て、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、いずれも町というよりは、村というほどの小さな部落であったけれども、その中・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 私共は、彼の為にみかん箱の寝所を拵え、フランネルのくすんだ水色で背被いも作ってやった。 彼は、今玄関の隅で眠り、時々太い滑稽な鼾を立てて居る。 女中が犬ぎらいなので少し私共は気がねだ。又、子のない夫婦らしい偏愛を示すかと、自ら・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・鼠色のフランネルの襯衣を着たりして、手の赤い楽師たちのその熱心さのなかには、人類の芸術の宝をもう一度本当に自分たちのものとして持ち直そうとしている、その土地全体の気風の若々しさが映って感じられたのであった。 外国のひとたちは旅行して汽車・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ 大抵の文学研究会では詩ばかり沢山よまれるのに、ここでは、縞フランネルの襯衣をカラーなしで着た青年が、短篇小説をよんだ。 五箇年計画で、各生産部分には熟練工が足りなくなった。一九二八年には百十万人もあった失業者を全部吸収したが、それ・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・盥が置いてあるのだが、縞のフランネルの洗濯物がよっぽど幾日もつかりっぱなしのような形で、つかっている。ブリキの子供用のバケツと金魚が忘れられたようにころがってある。温泉の水口はとめられていて、乾あがった湯槽には西日がさしこみ、楢の落葉などが・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・家族の晩餐のためにも礼装に着かえる某々卿にとって、ノックされるのが何より厭な暗い性のドアを、ローレンスはフランネル・シャツを着ている男にノックさせた。因習によって無知にされ、そのかげでは人間性の歪められている性の問題のカーテンを、ゆすぶらせ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ あなたの冬用の厚ぼったいドテラが今縫いあがりました。フランネルじゅばんと入れます。どうかそのおつもりで、不用の袷類を下げてお置き下さい。 さむくなりましたが、今年は去年より概して暖いのではないかしら。きょうなどなかなかおだやかな日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 細い亜麻色のお下髪を小さい背中にたらして、水色縞の粗末なフランネル服を着ている少女はずっと日本女の右隣に坐っている。しずかに行儀よく坐って話をきき、あまり数字ばっかりマイクロフォンから鳴り響いた五ヵ年計画の話の時は右手をフランネル服の・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
出典:青空文庫