・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが、その中に、五、六本、ブリキの銀笛があったのは蓋し、原君の推奨によって買ったものらしい。景品の説明は、いいかげんにしてやめるが、もう一つ書・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・一同はワヤ/\ガヤ/\して満室の空気を動揺し、半分黒焦げになったりポンプの水を被ったりした商品、歪げたり破れたりしたボール箱の一と山、半破れの椅子や腰掛、ブリキの湯沸し、セメント樽、煉瓦石、材木の端片、ビールの空壜、蜜柑の皮、紙屑、縄切れ、・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ 勇ちゃんは、帰りに、ふなを三匹もらって、ブリキかんの中へいれて下げながら、お母さんのない木田くんのことを考えつつ歩いてきました。「しかし、やさしい、いいお父さんだな。」と思うと、なぜかしらずに熱い涙が目の中にわいてきました。 ・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・二 二階は六畳敷ばかりの二間で、仕切を取払った真中の柱に、油壷のブリキでできた五分心のランプが一つ、火屋の燻ったままぼんやり点っている。窓は閉めて、空気の通う所といっては階子の上り口のみであるから、ランプの油煙や、人の匂や、・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そして、どうだ、拾い屋をやる気はないかと言うので、私は人恋しさのあまりその男にふと女心めいたなつかしさを覚えていたのでしょう、その男のいうままに、ブリキの空罐を肩に掛けていっしょにごみ箱を漁りました。ちょうど満洲事変が起った年で、世の中の不・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・……新しいブリキ鑵の快よい光! 山本山と銘打った紅いレッテルの美わしさ! 彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽い眩暈すら感じたのであった。 彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・路傍に茣蓙を敷いてブリキの独楽を売っている老人が、さすがに怒りを浮かべながら、その下駄を茣蓙の端のも一つの上へ重ねるところを彼は見たのである。「見たか」そんな気持で堯は行き過ぎる人びとを振り返った。が、誰もそれを見た人はなさそうだった。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲を唄いかつ弾き、ある者は四竹でアメリカマーチの調子に浮かれ、ある者は悲壮な声を張り上げてロングサインを歌っている、中に・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・道悪を七八丁飯田町の河岸のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺の棟の低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。 たどり着いて、それでも思い切って、「弁公、家か。」「たれだい。」と内からすぐ返事がした。「文公だ・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫