・・・斯う言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。「なかなかいいね。」象も云う。「鎖もなくちゃだめだろう。」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前肢にくっつけた。「うん、なかなか鎖はいいね。」三・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ おかあさんが、家の前の小さな畑に麦を播いているときは、二人はみちにむしろをしいてすわって、ブリキかんで蘭の花を煮たりしました。するとこんどは、もういろいろの鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶するように鳴きながらざあざあざあざ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・するといままで青かった楊の木が、俄かにさっと灰いろになり、その葉はみんなブリキでできているように変ってしまいました。そしてちらちらちらちらゆれたのです。 私たちは思わず一緒に叫んだのでした。「ああ磁石だ。やっぱり磁石だ。」 とこ・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・という名を云う人も一人だってあるでなし、実は私も少し意外に感じたので〔以下原稿数枚なし〕は町をはなれて、海岸の白い崖の上の小さなみちを行きました、そらが曇って居りましたので大西洋がうすくさびたブリキのように見え、秋風は白いなみがしら・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・汽車が止るとニッケル・やかんやブリキ・やかんや時には湯呑一つ持ってプラットフォームを何処へか駈けてゆく多勢の男を。茶・急須・砂糖・コップ・匙。それをもっているのはСССР市民だけではない。我々だってもっている。 今日はコルホーズの大きい・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・大観音の先のブリキ屋の人である。 玄関の傍には、標本室の窓を掠めて、屋根をさしかけるように大きな桜か、松かの樹が生えている。――去年や一昨年学校を卒業なさった方に、これがどこの光景だか分るでしょうか。私が毎日毎日通った時分、誠之は斯様に・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・盥が置いてあるのだが、縞のフランネルの洗濯物がよっぽど幾日もつかりっぱなしのような形で、つかっている。ブリキの子供用のバケツと金魚が忘れられたようにころがってある。温泉の水口はとめられていて、乾あがった湯槽には西日がさしこみ、楢の落葉などが・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・火気ぬきのブリキの小屋根の下っている下に、石の蒲焼用のこんろを大きくしたようなものにいつも火がかっかとおこっていた。それをさしはさんで両側に三人ずつ若い男があぐらをかいて坐っていて、一人が数本ずつうけもっている鉄のせんべい焼道具を、絶えず火・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・その顔つきでびっくりしたお祖父さんは、耳が遠いものだから孫が泣くにつれて赤く塗ったブリキの太鼓を叩き立てる。孫はいやが上にも泣きしきって、とうとうお祖父さんの膝は洪水になってしまった。それで初めておー、お運、お運とあわてたお祖父さんが祖母を・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・植物採集に持って行くような、ブリキの入物に花櫚糖を入れて肩に掛けて、小提灯を持って売って歩くのである。 伝便や花櫚糖売は、いつの時侯にも来るのであるが、夏は辻占売なんぞの方が耳に附いて、伝便の鈴の音、花櫚糖売の女の声は気に留まらないので・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫