・・・ 四 その時あの印度人の婆さんは、ランプを消した二階の部屋の机に、魔法の書物を拡げながら、頻に呪文を唱えていました。書物は香炉の火の光に、暗い中でも文字だけは、ぼんやり浮き上らせているのです。 婆さんの前には心配・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・そこにはただ円天井から吊るされたランプがあるだけだった。そのランプの光の中に、内陣を囲んだフレスコの壁には、サン・ミグエルが地獄の悪魔と、モオゼの屍骸を争っていた。が、勇ましい大天使は勿論、吼り立った悪魔さえも、今夜は朧げな光の加減か、妙に・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 事務所にはもう赤々とランプがともされていて、監督の母親や内儀さんが戸の外に走り出て彼らを出迎えた。土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 幸に家族の者が逃げる時に消し忘れたものらしく、ランプが点して釣り下げてあった。天井高く釣下げたランプの尻にほとんど水がついておった。床の上に昇って水は乳まであった。醤油樽、炭俵、下駄箱、上げ板、薪、雑多な木屑等有ると有るものが浮いてい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 友人は手をちゃぶ台の隅にかけながら、顔は大分赤みの帯び来たのが、そばに立ってるランプの光に見えた。「岩田君、君、今、盲進は戦争の食い物やて云うたけど、もう一歩進めて云うたら、死が戦争の喰い物や。人間は死ぬ時にならんと真面目になれん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ そのうちにランプがついたのに気がつかなかった。「先生はひどく考え込んでいらッしゃるの、ね」と、お袋の言葉に僕は楽しい夢を破られたような気がした。「大分酔ったんです」と、僕はからだを横に投げた。「きイちゃん」と、お袋は娘に目・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・座敷の縁側を通り過ぎて陰気な重苦しい土蔵の中に案内されると、あたかも方頷無髯の巨漢が高い卓子の上から薄暗いランプを移して、今まで腰を掛けていたらしい黒塗の箱の上の蒲団を跳退けて代りに置く処だった。 一応初対面の挨拶を済まして部屋の四周を・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・大きなランプがともって、うす赤いガラスの花がさが懸かっています。 そこに大きなテーブルが置いてあって、水晶で造ったかと思われるようなびんには、燃えるような真っ赤なチューリップの花や、香りの高い、白いばらの花などがいけてありました。テーブ・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 男は、夜おそくまで、障子を開け放して、ランプの下で仕事をすることもありました。夏になると、いつも障子が開けてありましたから、外を歩く人は、この室の一部を見上げることもできました。 ちょうど隣の家の二階には、中学校へ、教えに出る博物・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・二 二階は六畳敷ばかりの二間で、仕切を取払った真中の柱に、油壷のブリキでできた五分心のランプが一つ、火屋の燻ったままぼんやり点っている。窓は閉めて、空気の通う所といっては階子の上り口のみであるから、ランプの油煙や、人の匂や、・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫