・・・―― 一人前の水夫になりかけていた、水夫見習は、もう夕飯の支度に取りかからねばならない時刻になった。 で、彼は水夫等と一緒にしていた「誇るべき仕事」から、見習の仕事に帰るために、夕飯の準備をしに、水夫室へ入った。 ギラギラす・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・子生るれば、父母力を合せてこれを教育し、年齢十歳余までは親の手許に置き、両親の威光と慈愛とにてよき方に導き、すでに学問の下地できれば学校に入れて師匠の教を受けしめ、一人前の人間に仕立ること、父母の役目なり、天に対しての奉公なり。子の年齢二十・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・どうだろう、一人前九十円ずつということにしたら。」「うん。それ位ならまあよかろうかな。」「よかろうよ。おや、みんな起きたね、今日は何の仕事をさせようかな。どうも毎日仕事がなくて困るんだよ。」「うん。それは大いに同情するね。」・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・「じゃあ、もう一人前お茶わんがいるよ」 私の熱心な拍子木に迎えられ、遠い家から晩さんに来るのは、たれだろう? 親切な読者たちは、それがまあひどく馬鹿でもなく、見っともなくもない一人の青年か、壮年か、兎に角マスキュリン・ジェンダで話さ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・たとえば繰返し繰返しいわれているように、女の人が一人前になって結婚すれば一家の主婦ですから、今までの娘さんよりもっと責任がある筈なのですけれども、とたんに無能力になってしまう。つまりとたんに一人前でなくなってしまう。現実の生活と正反対なので・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
年の暮れに珍しくお砂糖の配給があった。一人前三〇グラムを主食三三グラムとひきかえに、十匁を砂糖そのものの配給として配給され、久々であまいもののある正月を迎えた。お米とひきかえではねえ、と云いながら、砂糖を主食代りに配給され・・・ 宮本百合子 「砂糖・健忘症」
・・・ プロレタリアートは永い経験によって、プロレタリアートの十八歳の女は、職場で立派に一人前の生産単位であることを知っています。十八歳の娘が、集会で意見を述べ、また述べるべき実際的な意見をもってることを知っている。だから、彼女らに選挙権が・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・音楽にあわせ、ハアハア 急所の手ばたきと掛声ばかりは一人前だが、若い男が飛んで跳ねる活溌な足さばきが、その年の小母さんにできようはずはない。ハア どっこいしょ!ハア そら、あぶない! たか・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫