・・・すぐわかることだと思いますが、生産の大本となる自然物、すなわち空気、水、土のごとき類のものは、人間全体で使用すべきもので、あるいはその使用の結果が人間全体に役立つよう仕向けられなければならないもので、一個人の利益ばかりのために、個人によって・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・今のわたくし一個人としては、その存廃を論ずるほどに死刑を重大視してはいない。病死その他の不自然な死が来たのと、はなはだ異なるところはない。 無常迅速・生死事大、と仏家はしきりにおどしている。生は、ときとしては大いなる幸福ともなり、またと・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・私にとっては、その間に様々の思い出もあり、また自身の体験としての感懐も、あらわにそれと読者に気づかれ無いように、こっそり物語の奥底に流し込んで置いた事でもありますから、私一個人にとっては、之は、のちのちも愛着深い作品になるのではないかと思っ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・の書よりも、私たちのいつも書いているような一個人の片々たる生活描写のほうが、たよりになる場合があるかも知れない。馬鹿にならないものである。それゆえ私は、色さまざまの社会思想家たちの、追究や断案にこだわらず、私一個人の思想の歴史を、ここに書い・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ その終戦直後に、僕が栃木県の生家から東京へ出て来た時には、東京の情景、見るもの聞くもの、すべて悲しみの種でしたが、しかし、少くとも僕一個人にとって、痛快、といってもいいくらいの奇妙なよろこびを感じさせられた事は、市場に物資がたくさん出・・・ 太宰治 「女類」
・・・その人と為りに就いての、私一個人の偽らぬ感想は、わざと避けた。日記の文章に就いての批評も、ようせぬつもりだ。今は、読者にその日記のほんの一部分を読んでいただけたら、それでよいのである。私一個人の感想も、批評も、自らその中に溶け込ませているつ・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・が人々によって色々違うのみならず、同一個人でも健康状態によりまた年齢により色々ちがうものとする。さらにまたその平均水準の上下に昇降する週期的変化の「振幅」がやはり人によって色々の差があり、ある人は春秋の差がそれほど大きくないのに、ある人はそ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・それで一個人の身辺瑣事の記録には筆者の意識いかんにかかわらず必ず時代世相の反映がなければならない。また筆者の愚痴な感想の中にも不可避的にその時代の流行思想のにおいがただよっていなければならない。そういうわけであるから現代の読者にはあまりに平・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・始めて自己が一個人でない、社会全体の精神の一部分であると云う事実を意識するのであります。始めて文芸が世道人心に至大の関係があるのを悟るのであります。我々は生慾の念から出立して、分化の理想を今日まで持続したのでありますから、この理想をある手段・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・その事情を語るには言長ければ、手近く一例をあげて示さんに、一国の富は一個人の富の集まりたるものなりとの事は、争うべからざるものならん。 さればかの文明富強の根本たる教育を受けたる者が、国を富ますためには、まずもって自身の富をいたすの必要・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫