・・・ 竹くずのなかにうずまって、母親は母親でさっきから考えていたらしく、きせるたばこを一服つけながら、いった。「こないだの、あれな」「あれって、何だよ」 ちかごろ三吉は、何かにつけさぐるような母親の口ぶりや態度にあうと、すぐ反ぱ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・腰から煙草入れをとり出すと一服点けて吸いこんだが、こんどは激しく噎せて咳き入りながら、それでも涙の出る眼をこすりながら呟いた。「なァ、いまもっといい肥料をやるぞい――」 やがて善ニョムさんは、ソロソロ立ち上ると、肥笊に肥料を分けて、・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・寝かした後、その身は静に男の羽織着物を畳んで角帯をその上に載せ、枕頭の煙草盆の火をしらべ、行燈の燈心を少しく引込め、引廻した屏風の端を引直してから、初めて片膝を蒲団の上に載せるように枕頭に坐って、先ず一服した後の煙管を男に出してやる――そう・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・恥も糞もあるものかと思いさだめて、一気呵成に事件の顛末を、まずここまで書いて見たから、一寸一服、筆休めに字数と紙数とをかぞえよう。 そもそも僕が始て都下にカッフェーというもののある事を知ったのは、明治四十三年の暮春洋画家の松山さんが銀座・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ちょっと一服してから出直そう。 まず散歩でもして帰るとちょっと気分が変って来て晴々する。何こんな生活もただ二三年の間だ。国へ帰れば普通の人間の着る物を着て普通の人間の食う物を食って普通の人の寝る処へ寝られる。少しの我慢だ、我慢しろ我慢し・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・先生は教壇に上り、腰から煙草入を取り出し、徐に一服ふかして、それから講義を始められることなどもあった。私共の三年の時に、ケーベル先生が来られた。先生はその頃もう四十を越えておられ、一見哲学者らしく、前任者とコントラストであった。最初にショー・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・ 兎のお母さんは箱から万能散を一服出してホモイに渡して、 「もじゃもじゃの鳥の子って、ひばりかい」と尋ねました。 ホモイは薬を受けとって、 「たぶんひばりでしょう。ああ頭がぐるぐるする。おっかさん、まわりが変に見えるよ」と言・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・さあ、もう一服やって寝よう。あしたはきっとうまく行く。その夢を今夜見るのも悪くない。」大学士の吸う巻煙草がポツンと赤く見えるだけ、「斯う納まって見ると、我輩もさながら、洞熊か、洞窟住人だ。ところでもう寝よう。闇の向うで・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・もう少しで、「一服つけて御出かけと云う処ですか」と云うところであった。 出て行った音をきき乍ら書斎に入り、私は何と云う無作法な男かと思った。文学を遣ると云ったのを思い出し空恐ろしい気もする。 夜中に見た夢が悪かったのか、・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・とここまでおっしゃって一寸煙草を一服なさる。こんないいやさしいお祖母様が長いきせるで煙草をのんで紫のけむりをわに吹いていらっしゃる所はあんまりにつかわしくないと思って紫のけむりの行方を見つめて娘の様子を思い出して居ると「それであんまり娘も可・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
出典:青空文庫