・・・もし、そうだとしたなら、嫉妬というものは、なんという救いのない狂乱、それも肉体だけの狂乱。一点美しいところもない醜怪きわめたものか。世の中には、まだまだ私の知らない、いやな地獄があったのですね。私は、生きてゆくのが、いやになりました。自分が・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・深山の峰から峰と一つ一つ登って行ってはそこから百キロ以内の他の高峰との見透しを調べて歩くのである。一点を決定するのに平均二週間はかかる。そうして三角点の配布が決定したら、次にはそこに櫓を組む造標作業がある。場所によっては遠い下のほうから材木・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・火の粉を梨地に点じた蒔絵の、瞬時の断間もなく或は消え或は輝きて、動いて行く円の内部は一点として活きて動かぬ箇所はない。――「占めた」とシーワルドは手を拍って雀躍する。 黒烟りを吐き出して、吐き尽したる後は、太き火かえんが棒となって、熱を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫