・・・三人はそのおかげで、国中で一ばんえらいお医者さまになり王さまから位と土地とをもらって、一生らくらくとくらしました。そしてたくさんの人の病気をなおしました。 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ 早稲田界隈の下宿街は、井伏さんに一生つきまとい、井伏さんは阿佐ヶ谷方面へお逃げになっても、やっぱり追いかけて行くだろう。 井伏さんと下宿生活。 けれども、日本の文学が、そのために、一つの重大な収穫を得たのである。 ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ この日記は、あるいはこの小林君の一生の事業であったかもしれなかった。私はその日記の中に、志を抱いて田舎に埋もれて行く多くの青年たちと、事業を成しえずに亡びていくさびしい多くの心とを発見した。私は『田舎教師』の中心をつかみ得たような気が・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・人間の能力がこれに比例して増進しない限りは、十人並の人間一生の間に物理学の全般にわたって一通りの知識だけでも得ようとするのはなかなか容易な事でなくなる。もし全般に通じようとすれば勢い浅薄に流れ、もし蘊奥を極めんとすれば勢い全般の事は分らずに・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ わたくしは既に中年のころから子供のない事を一生涯の幸福と信じていたが、老後に及んでますますこの感を深くしつつある。これは戯語でもなく諷刺でもない。窃に思うにわたくしの父と母とはわたくしを産んだことを後悔しておられたであろう。後悔しなけ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・元々開化が甲の波から乙の波へ移るのはすでに甲は飽いていたたまれないから内部欲求の必要上ずるりと新らしい一波を開展するので甲の波の好所も悪所も酸いも甘いも甞め尽した上にようやく一生面を開いたと云って宜しい。したがって従来経験し尽した甲の波には・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を托する気にもなれなかった。自己の能力を疑いつつも、遂に哲学に定めてしまった。四高の学生時代というのは、私の生涯において最も愉快な時期であった。青年の客気に任せて豪放不羈、何の顧慮する所もな・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・その人は、社会的に尊敬され、家庭的に幸福でありながら、他の人の一生を棒に振ることも出来た。彼には三百六十五日の生活がある! 彼には、三百六十五日の死がある。―― 今度は、三ヵ月は娑婆で暮したいな、と思うと、凡そ百日間は、彼には娑婆の風が・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・こんな稼業をしてるんだから、いつまでも――一生その人に情を立ッて、一人でいることは出来ないけれども、平田さんを善さんと一しょにおしでは、お前さん済むまいよ。善さんがどんなに可愛いか知らないが、平田さんを忘れちゃ、あんまり薄情だね」「私し・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・今時の民家は此様の法をしらずして行規を乱にして名を穢し、親兄弟に辱をあたへ一生身を空にする者有り。口惜き事にあらずや。女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫