・・・う家々をなめて、のびひろがり、夜の十二時までの間にはすべてで八十八か所の火の手が、一つになって、とうとう本所、深川、浅草、日本橋、京橋の全部と、麹町、神田、下谷のほとんど全部、本郷、小石川、赤坂、芝の一部分が、まるで影も形もなく、きれいに焼・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・母にとって、娘と云うものは、息子よりずっと自分に親しい一部分です。娘の欠点は、自分の恥の源ともなります。父親のバニカンタは、却って他の娘達より深くスバーを愛しましたが、母親は、自分の体についた汚点として、厭な気持で彼女を見るのでした。 ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・の「作家」でした。私には、野暮な俗人というしっぽが、いつまでもくっついていて、「作家」という一天使に浄化する事がどうしても出来ません。 私のいまの仕事は、旧約聖書の「出エジプト記」の一部分を百枚くらいの小説に仕上げる事なのです。私にとっ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・どんな素晴らしいフェノメンも愛のほんの一部分の註釈にすぎません。ああ、またもや甘ったるい事を言いました。お笑い下さいませ。愛は、人を無能にいたします。私は、まけました。 教養と、理智と、審美と、こんなものが私たちを、私を、懊悩のどん底の・・・ 太宰治 「古典風」
・・・旧約に於いては、サタンは神の一部分でさえあったのである。或る外国の神学者は、旧約以降のサタン思想の進展に就いて、次のように報告している。すなわち、「ユダヤ人は、長くペルシャに住んでいた間に、新らしい宗教組織を知るようになった。ペルシャの人た・・・ 太宰治 「誰」
・・・の記事が東京朝日新聞に出たのを見た滝野川の伊達氏が、わざわざ手紙をよこして、チャップリンの文楽見物の事実を知らせてくれた。最終日に「良弁杉の由来」の一部分を見て、夕飯後明治座へ行ったそうである。・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ われわれ先生に親しかった人々はよほど用心していないととかく自分等だけの接触した先生の世界の一部分を、先生の全体の上に蔽い被せてしまって、そうして自分等の都合のいいような先生を勝手に作り上げようとする恐れがある。意識的には無我の真情から・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・科学者の描写は草木山河に関したある事実の一部分であるが、芸術家の描こうとするものはもっと複雑な「ある物」の一面であって草木山河はこれを表わす言葉である。しかしそのある物は作家だけの主観に存するものでなくてある程度までは他人にも普遍的に存する・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・吾々が毎日やる散歩という贅沢も要するにこの活力消耗の部類に属する積極的な命の取扱方の一部分なのであります。がこの道楽気の増長した時に幸に行って来いという命令が下ればちょうど好いが、まあたいていはそう旨くは行かない。云いつかった時は多く歩きた・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・だから私のいう人のためにするという意味は、一般の人の弱点嗜好に投ずると云う大きな意味で、小さい道徳――道徳は小さくありませぬが、まず事実の一部分に過ぎないのだから小さいと云っても差支ないでしょう。そう云う高尚ではあるが偏狭な意味で人のために・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫