・・・見えないところでというのは、婦人雑誌の口絵などでは、やっぱり三面鏡のついた化粧台が若い女性の憧れの象徴のように出されたりしているのだから。 女が鏡に向うと誰でもいくらか表情をかえるのは面白いと思う。瞬間つい気取るようにして、眼のなかには・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・漱石はこの小説で自己というものを苛酷な三面鏡のうちに照り出そうとした。一郎、二郎、Hさん。漱石の内部には一郎が厳然と日常生活の端ッこまで眼を閃かせ感覚を研いで君臨していたとともに、二郎の面も性格の現実としてはっきり在ったと思える。一郎は或る・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・パール・バックの作品を近代の堂々とした三面鏡にたとえるならば、冰心女士のこの小説は、紫檀の枠にはめこまれた一個の手鏡というにふさわしい。けれども、このつつましい、繊手なおよくそれを支える一つの手鏡が何と興味つきない角度から、言葉すくなく、善・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 若し、私でなくっても誰かが思いがけない出会い頭に声でも立てたらどんな事になるか。 皆は、ほんとに誰一人目をさまさず声も聞かなかった事を、此上なくよろこび合った。 三面で見る様な、惨虐な場面が、どうしたはずみで起らないものでもな・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている。いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 今紀文だと評判せられて、あらゆる豪遊をすることが、新聞の三面に出るようになってからもうだいぶ久しくなる。きょうの百物語の催しなんぞでからが、いかにも思い切って奇抜な、時代の風尚にも、社会の状態にも頓着しない、大胆な所作だと云わなくては・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ 磨かれた大理石の三面鏡に包まれた光の中で、ナポレオンとルイザとは明暗を閃めかせつつ、分裂し粘着した。争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。「陛下、お気が狂わせられたのでございます。陛下、お放しなされませ」 しかし、ナポ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫