・・・動くのと停るのと、どこでどんなに違うのかと思う暇もなく、停ると同時に早や次の運動が波立ち上り巻き返す――これは鵜飼の舟が矢のように下ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・と仰しゃるもんだから、お目に掛ったその日は木登りをして一番大きな松ぼっくりを落したというような事から、いつか船に乗って海へ行って見たいなんていう事まで、いっちまうと、面白がって聞ていて下すったんです。 時々は夢に見たって色々不思議な話し・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ パウロは山頂の石壇に上り、アクロポリスの諸殿堂と相対して立った。――アテネの市民諸君。諸君の市は神々の像と殿堂とに覆われている。諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。予は散歩の途・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫