・・・クララは即興詩でも聞くように興味を催おして、窓から上体を乗出しながらそれに眺め入った。フランシスはやがて自分の纏ったマントや手に持つ笏に気がつくと、甫めて今まで耽っていた歓楽の想出の糸口が見つかったように苦笑いをした。「よく飲んで騒いだ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そして私の上体を自分の胸の上にたくし込んで、背中を羽がいに抱きすくめた。若し私が産婦と同じ程度にいきんでいなかったら、産婦の腕は私の胸を押しつぶすだろうと思う程だった。そこにいる人々の心は思わず総立ちになった。医師と産婆は場所を忘れたように・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・まともに突っかかって来る勢いをはずすために、彼は急に歩行をとどめねばならなかったので、幾度も思わず上体を前に泳がせた。子供は、よけてもらったのを感じもしない風で、彼の方には見向きもせず、追って来る子供にばかり気を取られながら、彼の足許から遠・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・くにゃりと上体をねじ曲げて、歌舞伎のうたた寝の形の如く右の掌を軽く頬にあて、口を小さくすぼめて、眼は上目使いに遠いところを眺めているという馬鹿さ加減だ。紺絣に角帯というのもまた珍妙な風俗ですね。これあいかん。襦袢の襟を、あくまでも固くきっち・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ 石の卓に片肘をついている深水の演説口調を、三吉はやめさせたいが、彼女は上体をおこして真顔できいている。たかい鼻と、やや大きな口とが、すこしらくにみられた。三吉はわざとマッチを借りたりして妨害するが、深水の演説口調はなかなかやまない。そ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 私は足を出したまま、上体を仰向けに投げ出した。右の足は覗き窓のところに宛てて。 涙は一度堰を切ると、とても止るものじゃない。私はみっともないほど顔中が涙で濡れてしまった。 私が仰向けになるとすぐ、四五人の看守が来た。今度の看守・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・道具をひっくりかえしてゆくとき、あぐらをかいて坐っている上体をひどくゆすぶった。自然につく調子で、体をゆすぶりながら、かえしてゆくとき、鉄きゅうの上で鉄のせんべい焼道具がガチャンと鳴った。 店さきにたって、うっとりとその作業に見とれてい・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・丁度その刹那、上体を少し捩るような姿勢で歩いていた千鶴子が、唇を何とも云えぬ表情で笑うとも歪めるともつかず引き上げた。千鶴子は勿論はる子がそこにいることは知らない。が、それは特徴ある表情で、見覚えがあるとともにはる子の出かけた声を何故か引こ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 原稿を翻される手つき、それを伏せて左手をその上においたまま一寸上体をのり出すようにされての物云い、私は祖父というものを知らずに育ったから、坪内先生の白いお髭や物腰やに衰えぬ老人の或る瀟洒たる柔軟性というようなものを感じ大変注意をひかれ・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・奉公がいやでたまらず、本を読むことが好きな上体もそう丈夫でない小僧の生活が、どんな苦しいものであるか。変りものの、役に立たない小僧として扱われ苦痛から翌年逃げ出して家にかえり、学校へ入りたいと云ったところ、父親は、学問なんぞさせると生意気に・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫