・・・表三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと彳んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩をする場面である。私は一目見て顔がほてり、胸が躍った。――題も忘れた、いまは朧気であるから何も言うまい。……その・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「いつもの上段の室でございますことよ。」 と、さすが客商売の、透かさず機嫌を取って、扉隣へ導くと、紳士の開閉の乱暴さは、ドドンドシン、続けさまに扉が鳴った。 五「旦那は――ははあ、奥方様と成程。……それか・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・で――質素な男が出迎えて、揉手をしながら、御逗留か、それともちょっと御入浴で、と訊いた時、客が、一晩お世話に、と言うのを、腰を屈めつつ畏って、どうぞこれへと、自分で荷物を捌いて、案内をしたのがこの奥の上段の間で。次の室が二つまで着いている。・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・奥座敷上段の広間、京間の十畳で、本床附、畳は滑るほど新らしく、襖天井は輝くばかり、誰の筆とも知らず、薬草を銜えた神農様の画像の一軸、これを床の間の正面に掛けて、花は磯馴、あすこいらは遠州が流行りまする処で、亭主の好きな赤烏帽子、行儀を崩さず・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・また真剣を上段から打ちおろす時にピューッと音がするようでなければならない。それにはもちろん刃がまっすぐになることも必要であるが、その上に手首が自由な状態にあることが必要条件であるように思われた。従って人を切る場合にでも同様なことが当てはまる・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ 全十二巻の詞書というものを売っていたので買ってみると、詞書の上段に若干の画面の写真版が並んでいて、その中には上記のカットされたもののうちの二、三があるので大抵の想像が出来る。第一の頂点では常盤と侍女と二人が丸裸にされて泣き騒ぎ、その上・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・これはおそらくたとえばスコアーの上段をフリュート下段をヴァイオリンで行くのと、それが反対になるのとでまるでちがった音楽になりうるのと似たことになるであろう。おそらく芭蕉は少なくも無意識にはこれらの事理に通暁していたではないかと想像される。そ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫